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 家のつくり方や、着るものと同じように、食べ物についても、日本料理りょうりというものは、だいたい夏を涼しくすず  過ごすす  ために、さっぱりとして、見た目もすがすがしいようにくふうされたものです。日本ふうのものとして、外国人にもよろこばれるおすしや天ぷら、おそばなども、けっして冬暖まるあたた  ものではありません。夏の料理りょうりはいくらでもありますが、冬の料理りょうりとしては鍋ものなべ  とか、汁ものしる  とか、湯豆腐ゆどうふなどがあるくらいで、あまり種類しゅるいがないようです。もっともこれらの料理りょうりも、江戸えどのころには、あまり上等な料理りょうりではなかったようです。すき焼き  や は、牛肉を食べるならわしが始まった明治めいじ時代以後いごのものですが、その料理りょうりのしかたは、江戸えどのころに、シカやイノシシの肉を(特別とくべつ料理りょうり店で)料理りょうりするときに行なわれていたものだということです。
 明治めいじ時代よりまえには、牛や馬の肉は食べなかったのです。それは、農業のためにだいじな家畜かちくだったからですが、ひとつには、外国と違っちが て、日本では牧畜ぼくちくがほとんど行なわれなかったためです。仏教ぶっきょうの教えでも、これらの動物の肉を食べることを禁じきん ていたのでした。ですから、江戸えどのころには、寒い冬の夜には、あつくたうどんを食べるとか、お酒をあたためてのむぐらいのことで、からだの中をあたためたのです。
 今日では、西洋ふうの料理りょうりや中国ふうの料理りょうりがわたしたちの家庭の中にも多く取り入れられてきたので、むかしながらの日本料理りょうりを食べるということが少なくなってきました。ミソとか、豆腐とうふとか、納豆なっとう、ノリなど、日本ふうの食事にはつきものだった食品も、若いわか 人たちにはあまりよろこばれなくなっています。しかし、わたしたちは洋食を食べても、ごはんを食べるならわしは捨てす ていません。一日に少なくも一度はごはんを食べないと気がすまない。西洋の人のようにパン食にしてしまうことは、なかなかできそうもありません。
 わたしたち日本人は、二重の生活になれてしまいました。ひと
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つは、日本の土地や気こうに合うように、遠いむかしから、くふうにくふうを重ねてきた生活、家のつくり方や着物、そして食べ物(ことにごはん)、もうひとつは、明治めいじにはいって西洋から取り入れられた合理てきな、能率のうりつてきな生活。
 生活の中の二重せい(つまり、一方ではこの日本の土地に住みついているわたしたちにとっていちばんつごうのいいむかしながらの生活を楽しみながら、そして一方に近代社会にふさわしい合理てきな、能率のうりつてきな西洋ふうの生活をおくる。)──この二重せいは、生活の中ばかりでなく、日本の文化や芸術げいじゅつ、思想、学問、すべての中にみなぎっています。ちょうどはしご段   だんのない二階と下みたいに、まったく別々べつべつのものが日本人の心の中に、二重に根をおろしています。

「日本人のこころ」(岡田おかだ章雄あきおちょ 筑摩書房ちくましょぼう)より
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