1みなさんは江戸時代の大名が、「加賀百万石の大名」とか、「尾張六十万石の大名」といったよびかたで、よばれているのをきいたことがあるでしょう。石高はその国のゆたかさ、大きさをあらわしたいいかたです。2加賀の国は百万石ものお米がとれる大国です。それほどのゆたかな国を領地に持つ大名、という意味です。
ちなみに一石とは、約百八十リットルを意味します。それはひとりが一年間に食べる、お米の量にあたります。
3武士や足軽の給料も、「五人扶持」「十人扶持」というように、お米で計算されました。五人扶持とは、五人のけらいがやしなえるだけのお米です。ひとり一日五合として計算されました。
4昭和になって戦争中、日本には食糧がなくなり、お米は配給制になりました。生産者も消費者も、かってに売ったり買ったりすることは禁じられ、生産されたお米はすべて政府がいちど買いあげ、消費者は決められた量だけを、そこから買うようになっていました。
5その、お米を買うための通帳は、長いあいだ、身分証明書のかわりでもありました。
お米とはそれほどに、国民の生きるための基本だったのです。人々のくらしや社会のありかたが、お米を基本とすることで成り立ってきた国。6そんな時代が、ついさいきんまで、ずっとつづいてきた国。そのような国も世界には、ほかにありません。
もうひとつ、たいせつなことがあります。お米はわたしたちの気づかぬところで、いつもわたしたちといっしょです。
7水道のじゃぐちをひねるとき、あなたはその水がどこからくるか考えてみたことがありますか。川から、ダムから、と答えた人は、ダムにたまるそのおおもとの川の水を、考えてみてください。
8日本は山がけわしく、急斜面の国です。「日本の川は、滝のようだ。」と、いわれるくらいです。雨がふっても水はいちどきに海へすてられ、あとはたちまちかわいてしまう、あばれ川なのです。それなのに、一か月も二か月も晴れた日がつづいていても、水がな
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