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 イヌが聞きわける音は、魚の聞きわける音よりも広い範囲はんいのように思えます。わたくしたちが注意してもほとんど聞くことのできない遠くの音にイヌは耳をそば立てて、吠えるほ  ことがあるのは、みなさんも知っていることでしょう。
 フォックス先生は直径ちょっけい三ミリほどのスチールのボールを三センチくらいの高さからゆかに落として実験じっけんしましたが、人間にやっと聞こえる距離きょりの四倍も遠い距離きょりでも、イヌには、ボールの落ちる音が聞こえることを確かめたし  ました。これはイヌがわたくしたちが聞きわけられる音よりもずっと弱い音を聞きわけるということですが、わたくしたちにはあまり高くて聞くことのできない音も聞きわけることがわかりました。サイレント笛といわれる笛は、わたくしたちには聞こえない高い音も出せますが、口笛のようにこれを吹いふ てイヌをよぶ訓練くんれんもできます。また、楽器がっき奏でるかな  音の中には、わたくしたちには聞こえない高い音がふくまれていますが、イヌはこれを聞きわけることもできるのです。
 ソビエトのパブロフ先生はお腹 なかのすいたイヌに肉を食べさせる数秒前にベルの音を聞かせることをくり返しましたが、三十回くり返すと、イヌが肉のにおいをかいだり、みたりしないうちに、音を聞いただけで口の中によだれが出てくることをみつけました。イヌののどにゴムのかんを入れておきますと、よだれがかんを通ってしずくになって出てきます。このしずくを目盛めもりのついたガラスびんの中にうけ入れると、よだれの分量ぶんりょう測るはか ことができます。音を聞かせては肉を食べさせることをくり返しますと、音を聞くとすぐによだれが出てくるだけでなく、その分量ぶんりょうもだんだんに増えふ ていくことがわかりました。このやり方は条件じょうけんづけといいます。わたくしたちも、お腹 なかのすいたお昼時に、学校の授業じゅぎょうの終わりを告げるつ  ベルの音を聞くと、自然しぜんに口の中につばがでて来たりしますが、これと同じことと思えます。
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 このやり方でイヌにピアノのある音を聞かせてから、その音を出した鍵盤けんばんからずっと離れはな 鍵盤けんばんの音を聞かせてみましたところ、はじめの音ではよだれがでてくるのに後の音では止まってしまったのです。イヌにとって二つの音は同じ音ではなく、ちがう音として明らかに区別くべつされたわけです。はじめの音はごちそうの出る合図ですが、それとはちがう後の音は合図にはならなかったのです。イヌは鍵盤けんばんのひとつひとつの音を区別くべつできるばかりではなく、その四分の一の高さのちがいでも聞きわけることができます。もちろん、わたくしたち人間も、ことにバイオリンをひいたり、フリュートを吹いふ たりする人たち、また、それらの楽器がっき調律ちょうりつする人たちは、これよりももっとわずかな音の高さのちがいをも聞きわけられます。

(「動物とこころ」 小川たかしちょ 大日本図書より)
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