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 アナウンサーの仕事で「聞く」といえばインタビュー。インタビュー番組は、動きの多い生中継ちゅうけいや、細かい編集を重ねた企画きかく番組などと比べると、一見地味に見えます。しかし、アナウンサーにとって、インタビューは最も緊張きんちょうする仕事。「聞く力」を持っていないと、薄っぺらうす   いものになってしまうからです。では、「聞く力」とは、どんな力なのでしょうか?
「この人は、私に関心を持っている」。話を聞く相手に、そのように信頼しんらいしてもらうことが、聞くための最初の一歩です。そのためにアナウンサーは、インタビューに先立って、話を聞く相手のもとに繰り返しく かえ 足を運ぶこともあります。たとえば、Aさんというお年寄りに、戦争体験についてインタビューをするとしましょう。事前にAさんの戦争体験を取材するのは基本ですが、それだけでなく、何度もお宅に通って、Aさんの生い立ちや、家族との関係、打ち込んう こ できた仕事や趣味しゅみについてなど、Aさんの人生年表が出来るくらい聞き込むき こ こともあります。そうしたプロセスの中で、聞き手のアナウンサーの中には、Aさんに対する深い関心が生まれます。そのことがAさんに伝わることで、Aさんも、「本当の気持ちを話してもいい」という信頼しんらい感を持ってくれるのです。
 こんな経験もあります。平成十二年、北海道の有珠山うすざん噴火ふんかした際、私はニュース番組のリポーターとして現地に入りました。地震じしん噴煙ふんえんにおびえながら避難ひなん所で不安な日々を送る被災ひさい者の声を伝えるのが私の役割でした。しかし、取材を始めたころは、なかなか思うように話を聞くことが出来ませんでした。それでも、毎朝七時前から夜九時ころまで避難ひなん所にいると、そのうち被災ひさい者の方が顔を覚えてくださり、声もかけてもらえるようになり、避難ひなん所の子どもたちとも遊ぶようになって、自然に話を聞くことが出来るようになりました。特別なことをしたわけではありませんでしたが、話を聞かせていただくための前提になる「信頼しんらい関係」のようなものが生まれるために、「そこにいる時間」が必要だったのだということを感じた出来事でした。
 インタビュー番組などで、素晴らしい聞き手といわれるベテラン・アナウンサーと著名人のゲストのトークに、若手のアナウンサーやタレントが加わっていることがあります。「ベテラン・アナウ
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ンサーだけで十分ではないか」と思われるかもしれません。しかし、若手のアナウンサーやタレントの「それ、分かりません!」という素朴そぼくな疑問が、ゲストの本音や印象深いエピソードを引き出すこともあるのです。
 ベテラン・アナウンサーは、ゲストとの信頼しんらい関係を築きながらインタビューを深めていきます。反面、ベテランになれば知識も経験も豊富な分、「それは分かりません」とは言いにくいときもあるものです。そんなとき、若手のアナウンサーやタレントが、人生経験の浅さを武器に、率直に「分からない」と疑問をぶつける。これによって、素朴そぼくな疑問を解消したり、新鮮しんせんな発見を盛り込んも こ だりしながら、インタビューを進めることが可能になる場合もあるのです。「相手のことを理解しよう」という姿勢で臨むのがインタビューの基本ですが、もの分かりが良すぎると、核心かくしん迫れせま ずに話が終わってしまうこともあります。簡単に分かったと思わずに、「本当に分かるまで問う」努力を続けることが、聞く力を高めるうえで大切です。(中略)
 こうしてみてくると、「聞く力」の基本は、「信頼しんらいと思いやりに基づく人間関係を築く力」だということが分かってきます。たとえば、息子の本音を聞きたいとしましょう。息子との信頼しんらい関係がない状態で、親の側が勝手に分かった気になって、緊張きんちょうさせるような雰囲気ふんいきで話を聞けば、当然、息子の本音は聞こえてきません。人間関係を築くプロセスなしに、いい話だけを聞こうと思っても、それは無理な相談なのです。

(山下稔哉としや「聞く力を高める」より)
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