長文集  11月1週  ★二十七歳のときに(感)  1u-11-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2020/09/15 12:30:52
 二十七歳のときに京セラという会社をつく
ってもらって、ファインセラミックスの研究
が次から次へと成功し、会社がどんどん大き
くなっていきました。
 私が開発したセラミック・パッケージとい
う技術は、現在世界中のコンピュータの心臓
部に使われています。これがなければ、現代
のパソコンもコンピュータもなかった、とい
われるほど重要なものですが、それはこの私
がつくったのだという自負心が出て、慢心し
かけていたときでした。
 そのときにハッと気づいたのが、みな同じ
人間であるはずなの に、なぜ私だけが才能
に恵まれたのだろうということでした。
 そしてそれはたまたま私がこの世に出てく
るときに、宇宙の創造主が才能を与えてくれ
ただけであって、何も稲盛和夫でなくてもよ
かったのだということに気づいたのです。
 京セラも第二電電も、確かに現代という時
代に必要だったと思います。しかしその会社
をつくるのは何も私である必要はなかった。
一億二千万という人がいる中で、私と同じ役
割をする人がいれば、その人がつくっても構
わないわけです。
 社会を一つのドラマと考えれば、そこには
主役を演ずる人も必要ですが、入り口で切符
を売る人も必要です。裏では大道具小道具、
主役のメイクをする人、衣装を縫う人も必要
です。仕出しの弁当を注文したり、みんなの
世話をする人も必要です。
 いろんな人がいて初めてドラマが構成され
るわけですから、私にはたまたま主役を演ず
る役割が当たっただけで、もし別の人に当た
っていても、人生のドラマは構成できるはず
だ、と私は気がついたのです。
 人生のドラマという作品をつくるために、
宇宙の創造主がそれぞれの人にそれぞれの任
務にふさわしい才能を与えてくれて、この世
に出してくれたわけですから、主役だからと
いって、それをあたかも自分だけの才能のよ
うに思い、自分だけが利用してお金持ちにな
り、栄耀(えいよう)栄華を極めていけばい
いというものではな い、ということに気が
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ついたのです。
 そのことに気がついたお蔭で、二十七歳で
会社をつくってから今日まで、三十八年間を
なんとかやってくることができたのだと思い
ます。もし私が自分自身を戒める謙虚さをな
くし、慢心をしていたら、今日の私は存在し
なかっただろうと思います。
 そのことを思うにつけ、政官財界で、私な
どより遥かに優秀で、立派な仕事をしてこら
れた方々が、没落していかれる様子を見てい
ます。
 そのような人々が陰徳を積む、積善をする
ということによって人生は変わるのだという
こと、あるいは「只謙のみ福を受く」という
ことを知っておられたのであれば、いまでも
立派に世のため人のために尽くしておられた
だろうと思うのです。
(「致知」九十七年六月号 稲盛和夫氏の文
章より)