長文集  11月2週  ★岩手県宮守村の(感)  1u-11-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2020/09/15 12:30:52
 岩手県宮守村の県立遠野高校宮守分校に新
任の教頭として赴任したのは昭和六十二年四
月、いまからちょうど十年前のことだった。
一学年の定員は四十五人だが、生徒数は三学
年合わせても六十数人と定員の半分にも満た
ない。非行グループが横行し、村民の子供が
分校への進学を嫌がる荒れた学校だった。
 分校の校長は遠野高校の校長が兼務するか
ら、私はいわば現場責任者ということになる
。着任前、一人で様子を見に行って驚いた。
たぶん県下で一番老朽の木造校舎だろう。グ
ラウンドやテニスコートを枯れ草が覆ってい
る。校舎の窓ガラスはことごとく曇りガラス
になっていて、クギを打ちつけて開けられな
いようにしてあった。
 現実は想像以上のひどさだった。保健室で
男子と女子生徒が一つのベッドで寝ている。
スカートの丈を長くしたスケバンがいるし、
番長もいる。喫煙、暴力、いじめ、さぼり…
…。まるで“非行のデパート”ではないか。
「授業ができません、学校に来るのがつら 
い」。若い教師が嘆いた。
 為さねばならぬ――単身赴任の私は、睡眠
時間を除くほとんどの時間を分校の公務と活
性化のために費やすことにした。しかし、時
間は限られている。私は百日闘争を宣言した
。正常化の時限を三か月余と区切ったのであ
る。
 刑務所のような印象の曇りガラスを透明な
ガラスと取り換える と、教室に明るい陽が
差し込んできた。だが、案の定、生徒たちは
おとなしく見守ってはいない。私に呼び出し
をかけてきた。教室に行くと、イスに二人掛
けしたり、床であぐらをかいている生徒たち
は、「教頭はこの学校から出ていけ」と罵声
を浴びせるのだ。
 私だって腹を据えている。逆に、「君たち
はこのままでは社会に出しても通用しない。
いや、社会が汚れる。私は君たちの母校であ
るこの学校を良くしたい。君たちに力をつけ
、いい進路につけさせたい。確かに施設も悪
い、校舎もボロだ。それを乗り越える努力を
私も一生懸命にするから、君たちも立派にな
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
ったといわれるようにしてほしい」と、生徒
たちに訴えた。
 スケバンの母親に学校に来てもらったこと
もある。母親に「お母さん、本物の母親の愛
情は教師百人の力にも匹敵します」と、ある
方法をアドバイスした。女子生徒が学校から
帰ったら一切口をきかず、ただぼんやりテレ
ビを見ている。食事の支度もせず、食物も口
にしない――要するにハンガーストライキの
勧めである。「それを三日間続けてください
、娘さんは必ず変わります」
 三日目、母親が泣きながら電話をかけてき
た。「昨日の深夜、娘が突然『お母さん、ご
飯食べでくれ』と泣きだしました。『ご飯を
食べないのは、私が悪だからだべぇ』と私の
手を取り、肩を揺するのです。親子で抱き合
って泣きました。娘がつくってくれたお茶漬
けを食べ、夜通し語り合いながら、娘の長い
ス力ートの裾を縫い直しました。娘はいま美
容院に行って、茶に染めていた髪を黒くして
登校します」
 一人の女子生徒が自己変革を決意してくれ
たのだった。
(「致知」九十七年六月号 奈良憲光氏の文
章より)