長文 1.1週
1. 【1】わたしの家では、大晦日おおみそかに二つの「除夜じょやの音」が聞こえる。一つは除夜の鐘じょや かね、もう一つは「除夜じょやの汽笛」だ。わたし横浜よこはまに住んでいて、家は高台にある。【2】だから年末には、近所の寺から響くひび 「ゴォーン、ゴォーン」というかねの音と、港で鳴らされる「ブォーウ、ブォーウ」という汽笛の音が聞こえてくるのだ。ベランダに出て、そんな二つの音に耳を傾けるかたむ  のが、毎年わたしのひそかな楽しみである。 
2. 【3】大晦日おおみそかの夜の空気は、いつもと違うちが 普段ふだんなら「うう、寒い寒い、早くこたつに入りたい」と思うだけなのだが、この日ばかりはその寒さが、身も心も引き締めひ し てくれる感じがする。【4】長かった一年が終わろうとしていることを、実感するからかもしれない。 
3. ある友達は毎年、大晦日おおみそかにはアイドルのカウントダウンコンサートに行っているらしい。しかも、お姉さんやお母さんまで一緒いっしょだというから驚きおどろ だ。【5】そして夜遅くおそ まで開いているお店で、豪華ごうかな外食をして帰ってくるのだという。それはそれでたいへんにぎやかで、楽しそうだと思う。しかしわたしにとっては、そういう大晦日おおみそかはなんだか落ち着かない。【6】どこかに出かけるわけでも、何かをするわけでもなく、静かに過ごしたいと思うのだ。食事だって年越しとしこ そばで満足である。 
4. これも聞いた話だが、大晦日おおみそかにそばを食べるのは「細く長く」生きていけるように、つまり来年も「大きな波乱はらんなく、平穏へいおん暮らせく  ますように」という意味があるのだという。【7】母の手作りのそばをすすっていると、わたしもまさにそんな気分になる。
5. どのように過ごすかは、人それぞれだ。しかし人間にとって、大晦日おおみそかが特別な日であることに違いちが はない。友達は「大晦日おおみそかぐらい、時間を忘れわす 大騒ぎおおさわ したい」と言っていた。【8】わたしは逆に、「大晦日おおみそかぐらい、時間が過ぎるのを大切に感じたい」と考えている。そうやって、新年を迎えるむか  心の準備ができるのは、大晦日おおみそかという一日だけではないだろうか。「待てば海路の日和あり」というが、∵「歳月さいげつ人を待たず」ともいう。【9】楽しいお正月がやってくるが、のんびりしてばかりはいられない。 
6. 一年が過ぎ去ろうとする、大晦日おおみそかの夜。除夜じょやの汽笛を耳にするたび、わたし背中せなか押さお れるような、前向きな気持ちになる。勇気を持って、新しい一年へと「出航」していこう。【0】

7.(言葉の森長文作成委員会 ι)