長文集  1月2週  ★テレビが普及して(感)  he-01-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2017/12/14 16:50:55
 【1】テレビが普及して、映画を見る人が
少なくなったというのはほんとうです。「視
聴覚文化」が盛大におもむき、本を読む人が
少なくなるだろう、というのは、どうもほん
とうらしくありません――ということは、お
よそ常識からも察せられるでしょう。
 【2】娯楽としてのテレビと映画とはたい
へんよく似ています。見るほうが受け身で、
すわっていれば画面のほうがこちらを適当に
料理してくれます。それほど似ているから、
どちらか一方でたくさんだという考えのおこ
るのもむしろ当然のことでしょう。【3】と
ころが本を読むのにはいくらか読む側に努力
がいります。また読む速さをこちらが加減す
ることもできるし、つまらぬところを省くこ
ともできる。おもしろいところを二度読むこ
ともできるし、むかしの人の言ったようにし
ばらく巻(かん)をおいて長嘆息(ちょうた
んそく)することもできます。【4】そうい
う本をよみながらできることは、映画やテレ
ビを見物しながらは、どうしてもできませ 
ん。要するに本を読むときのほうが、読む側
の自由が大きい、自分の意志や努力で決める
ことのできる範囲が広い、つまり態度が積極
的だということになるでしょう。
 【5】「今日は疲れたから、映画でも見よ
うか」とはいいます が、「疲れたから本で
も読もうか」という人があまりいないのはそ
のためであり、そもそも読書法ということは
成りたっても、映画・テレビ見物法というこ
とが意味をなさないのもそのためです。【6
】一方は受け身のたのしみ、他方は積極的な
たのしみで、受け身のたのしみが増えるとい
うことは、かならずしも積極的なたのしみを
求めなくなるということではありません。娯
楽の性質がまったく違うから、いわゆる視聴
覚「文化」または「娯楽」は、読書のたのし
みを妨げるものではないでしょう。
 【7】しかしテレビには娯楽番組のほかに
、いくらか知的好奇心を刺激する番組もあり
ます。たとえば憲法についての座談会とか、
ダム建設工事現場の写真とかいったものが「
憲法」や「ダム建設」に対する好奇心を刺激
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します。【8】しかし、その好奇心を十分に
満足させるようなまとまった知識を与えてく
れることは、ほとんどありません。そこで「
憲法」に関しまた「ダム建設」に関して、ま
とまった知識を読書によって得ようという欲
求がおこっても、ふしぎではない。∵【9】
そうなればテレビは、読書を妨げないばかり
でなく、むしろ助長するようにはたらくとい
うことになりましょ う。少なくともそうい
う一面がありうると思います。
 新しい絵はわからないという人がよくあり
ます。【0】新しい絵というのは、抽象絵画
のことでしょう。よくわからないというの 
は、その絵が本来、魚を描いたものか、女性
を描いたものかわからないという意味でしょ
う。それならば、新しい絵はわかる必要のな
いものです。(中略)しかし、本を読むとい
うことになると、これはどうしてもわからな
ければ無意味です。魚のことを言っているの
か、女性のことを言っているのかわからなく
てはどうにもなりません。少なくとも、ある
種の美術はわかる必要のないものです。音楽
は絵と同じ意味ではなにものも表現していな
いので、そもそもわかるはずがない。読書だ
けが絵を見ることや音楽を聴くことと違うの
です。すべての本は言葉からできあがってい
て、すべての言葉はなにかを意味します。そ
の意味をとらえて、意味相互のあいだの関係
を理解することが、本を読む法、つまり本を
よくわかることでしょう。読むこととわかる
こととは切り離せません。
 しかし、世の中にはむずかしい本がありま
す。どうすればたくさんの本を読んで、いつ
もそれをわかることができるようになるでし
ょうか。その方法は簡単です。しかし、おそ
らく読書においてもっとも大切なことの一つ
です。すなわち、自分のわからない本はいっ
さい読まないということ、そうすれば、絶え
ず本を読みながら、どの本もよくわかること
ができます。少しページをめくってみてある
いは少し読みかけてみて、考えてもわかりそ
うもない本は読まないことにするのが賢明で
しょう。一冊の本がわからないということ、
ただそれだけでは、あなたが悪いということ
にもならず、またその本が悪いということに
もならない。これはよく心得ておくべきこと
で、そのことさえ十分に心得ていれば無用の
努力、無用の虚栄心、または無用の劣等感を
はぶき、時間のむだをはぶくことができるで
しょう。だれにもわかりにくい本というのが
あります。私にはわかりにくいけれども、ほ
かの人にはわかりやすい本というのがありま
す。また最後に、だれにもわかりやすい本と
いうものがあるでしょう。
 (加藤周一「読書術」より)