長文集  2月1週  緊張した面接練習  he-02-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/12/14 12:09:50
 【1】僕は、手の中にある小さなカードを
にらみつけた。そこには僕の名前と、「受験
番号008」という文字が印刷してある。そ
う、これは受験票なのだ。といっても、学校
で開かれる「受験面接体験会」に使う、練習
用のものである。 
 【2】いよいよ中学受験が迫っている。勉
強はしっかりしてきたつもりだが、面接を受
けるのは初めての経験だ。だから練習とはい
え、準備は入念にした。「尊敬している人は
誰ですか」と聞かれたら「父です」、「日課
はありますか」と言われたら「自習として読
書と暗唱を続けています」と答えるように決
めていた。 
 【3】体験会の当日。廊下にたくさんの椅
子が置かれ、顔をこわばらせた同級生たちが
ずらりと並んで座っている。一人一人、部屋
に呼び込まれていき、自分の番が目に見えて
近づいてくる。いつも見慣れているはずの教
室への入り口が、別世界への扉か、大きく開
いた怪物の口のように思えてきた。 
 【4】そして、僕の番が来た。返事をして
、教室の入り口で一 礼。「どうぞ」と言わ
れるまで待ってから、静かに椅子に腰を下ろ
し、受験票を提出する……ここまではイメー
ジ通りだ。目の前に面接官役として、三人の
先生が座っている。【5】どんな難しい質問
をされるのか……と身構えていたら、真ん中
の先生が困ったように笑って、こう言った。
 
「これは、逆だねえ。」 
ハッとして机の上を見ると、「受験番号00
8」の文字が、僕の方を向いている。受験票
は当然、それを見る面接官に向けて出すべき
ものだ。【6】僕は緊張のあまり、まるで漫
画のようなミスをしてしまったのだった。 
 自分のしでかしたことが自分で信じられず
、一気に顔が赤くな る。面接でのやりとり
は、今でも「逆だねえ」以外には何も覚えて
いない。【7】結局、あまりにも分かりやす
い失敗だったせいか、とくに注意されること
はなかった。とても恥ずかしい思いをしてし
まったが、それだけに、本番で同じ間違いを
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することは決してないだろ∵う。【8】緊張
しそうになったら「とりあえず、受験票を逆
に出すなよ」と過去の自分に言い聞かせて、
リラックスするつもりだ。 
 人間にとって、身が縮むような緊張の体験
も、たまには必要だ。そうすることで自分と
向き合い、思わぬ発見ができるかもしれない
からだ。
【9】「初心忘るべからず」。 
 この時の緊張を忘れることなく、些細な失
敗は笑い話にしてしまえるように、本番では
良い結果を残したい。僕は練習用の受験票 
を、机の引き出しにそっとしまい込んだ。【
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(言葉の森長文作成委員会 ι)