長文集  3月2週  ★端的にいって、私たちは(感)  he-03-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】端的にいって、私たちは、お話を文
学――文学のうちで も、文字によらず、声
によって伝達される文学――と考えていま 
す。口承文学ということばもありますが、そ
ういうかたいことばをさけるとすれば、文学
作品を、語り手が、おもに声によって表現 
し、それを聞き手ともども楽しむことだとい
ってもよいでしょう。【2】ですから、たと
えば交差点の正しい渡り方を教えるためのお
話、あるいは、幼稚園などでよくやるような
、集団生活のルールを教えたり、衛生上のし
つけをするために聞かせるお話など、何かを
教える方便としてのお話は、ここでは一応の
ぞいて考えます。母親や教師が、自分の見聞
きしたこと感じ考えたことを話すのも同じで
す。【3】これらの話は、子どもにたいへん
喜ばれますし、子どもとの気持ちの交流とい
う点からいうと非常に貴重ですが、内容や表
現が吟味され、個人的なつながりをもってい
る人だけでなく、もっと一般に通用する文学
的な価値をもつ場合を除いて、ここでいうお
話には含めません。
 【4】したがって、ここで扱うお話は、話
そのものに文学的な価値があることを前提と
します。この文学的価値ということは、たい
へんむつかしい問題で、論じだせばきりがあ
りませんが、ここで は、ひとまず、文学的
に価値のある作品とは、「私たちの心を楽し
ませ、人間についての私たちの理解を助けて
くれるもの」と、表現しておきましょう。【
5】そして、この「心を楽しませる」ことの
中には、内容だけでなく、その表現の形式か
らくる美しさが、私たちの心を楽しませるこ
とが含まれていることを、とくに指摘してお
きたいと思います。
 【6】さて、ではそういう作品をどこに求
めるかということになりますと、具体的には
昔話と創作(主として子ども向きの短編)と
いうことになります。そして、語るという点
からいえば、このう ち、とくに昔話が重要
になってきます。【7】昔話は、なんといっ
ても本来語りつたえられてきたものなので、
語って聞かせる話のそなえていなければなら
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ない基本的な条件を満たしているからです。
【8】また、昔話は、一般大衆の文学でした
から、とり扱うテーマは、普遍的、根源的で
すし、その表現形式は、簡潔でそぼくな心の
持ち主にもよ∵くわかるようになっています
。つまり、今日の子どもの興味や心理や理解
能力によく合うのです。【9】昔話が、今日
では、もっぱら子どものための文学になって
いるのはこのためでしょう。
 昔話の中には、単に語ることから生じた表
現の形式や民衆の文学であることからくる内
容の普遍性ということだけでなく、何かもっ
と大きな力がかくされているような気がして
なりません。【0】昔話は、文学のもとの形
といってよいものですから、そこには、人間
が物語を生み出し、それを支えてきた心の動
きや力のもとが内蔵されています。昔話のも
つこのふしぎな力の本質を解き明かすこと 
は、私にはとうていできませんが、子どもの
時代に、少しも昔話にふれることなく育った
ら、文学を味わい楽しむために必要な、何か
非常に大切な要素が欠けおちてしまうのでは
ないか、とだけはいうことができます。
 語り手としても、もし、よい語り手になり
たいと願うなら、たえず昔話にふれている必
要があると私は思います。それは、単に、そ
こから話の材料が得られるからというだけで
なく、昔話に親しむことによって、「物語」
やそれを「語る」ことの意味が少しずつわか
ってくるように思えるからです。お話に興味
をもつ者にとっては、昔話は、たえずそこに
自分をうるおしにかえっていかなければなら
ない泉のようなものだと思います。