長文集  3月3週  ★私が市場へゆく道は(感)  he-03-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】私が市場へゆく道は、いかにも自然
発生的な細いやさしい道だ。家と家との間に
何となく作られた人間のふみならした道だ。
ところが、その道は最近アスファルトがしか
れてしまった。夏の日など、かごを下げて歩
いてみると、いかにもむんむんして照りかえ
しがきつい。それに何ともふぜいがなくなっ
た。
 【2】私は舗装されたのを残念に思った。
新たに作った高速道路のようなものならまこ
とにりっぱな舗装があってしかるべきだと思
う。しかしほとんど車も通らない昔ながらの
通り路のようなものまで舗装する必要は果た
してあるのだろうか。【3】いちおう石ころ
で足裏がごろごろすることもなくて歩きやす
いようではあるが、幅一メートルありやなし
やのこんな細道がべタッと黒くアスファルト
を塗られているのはいたましくさえある。弱
いはだにこってりドーラン(おしろいの一種
)をぬって皮膚呼吸をふさいでしまった感じ
がする。
 【4】私がこどものころはいていた皮靴は
、たいていどれもこれも爪(つま)さきがけ
ばだっていた。石けりをしながら歩くせい 
だ。これときめた小石を、小さくけりつづけ
ながら学校へゆき家に帰る。車の心配などほ
とんどせず、けとばした石のゆくてのまにま
に、よろけながら歩くのである。【5】いま
、こんなことをした ら、それはもういっぺ
んに車にひかれてしまうが、昔はそんなこと
をしながらにぎやかにこどもは道を歩いた。
 道にはいろいろなものがあった。しゃれた
石、虫の死がい、雑草の可憐な花、ラムネび
んの破片、石炭のかけら、鳥の羽。【6】そ
んなものにいちいち心をとめながら、ゆっく
りとこどもは楽しみながら歩くのであった。
舗装された道にはそんな、手にとりたいよう
なものは何にもないのだ。
 最近ある方から石を一ついただいた。【7
】ダイヤモンドやルビーでもない、また当然
石ブームでさわがれる菊石とか赤石とかのし
ろものでもない。平べったい薄茶色の石で、
手のひらに軽く乗る大きさ、重さである。
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 ただおもしろいのは、全体にキララ(光る
鉱物の一種)が入っていることで、光を受け
て小さく一せいにまたたく。【8】太陽にあ
てると楽しいですと言われて、私は日の光に
も、また月の光にも照ら∵してみた。チカチ
カとかわいらしくきらめくのをみると、いわ
ゆる童話の世界のおもむきがある。その人は
、道で拾いましたと言った。どんな道だろう
。【9】ゆたかな気持ちで、ものみなすべて
にいとしみを感じながら歩く土の道にちがい
ない。無味乾燥なアスファルト道路、車が通
るだけのための道にはこんな石はないのだ。
 もちろん舗装された道も場合によっては大
切である。【0】ほこりをあびせかけられる
街道筋(かいどうすじ)の家などは気の毒で
見られない。一刻も早く舗装しなければ、道
すじの家は窓も開けられない。だが、道が一
番道らしいのは、人間のくらしをあたたかに
支え、いろいろなものを発見することのでき
るふみしめられた道である。この事だけは忘
れてはならないのだ。