長文集  1月1週  ○まず第一に必要な  he2-01-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/10/18 17:01:11
 【1】まず第一に必要な「自由化」は「完
全主義からの自由」である。いうまでもなく
、コミュニケーションにとっていちばん大事
なのは、相手を理解しようとする努力である
。【2】相手の話し言葉が不十分であること
を責めていたのでは、コミュニケーションは
成立しない。とりわけ、母国語以外の言語を
話すときに、その言語を完全に操ることなど
、常識的に考えてみても、誰にもできるはず
はない。【3】事実、一つの言語が多くの人
々によって使用される条件、あるいは一つの
言語が「世界語」になりうる条件は、その言
語がどれだけ柔軟性を持っているか、そして
不完全な部分を許容 し、補完することがで
きるか、にかかっているのである。
 【4】実際「英語」がこれだけ世界的に普
及したのも、この言語が一つの民族の「専用
語」としての閉鎖性をいつのまにか開放し 
て、かなり怪しげな「英語」をも許容し、意
味が通じればよい、という実用主義に徹した
からなのではないか。【5】国際会議などで
さまざまな国籍の人々が使っている「英語」
がいかに多様で奇怪なものであるかを思い出
すだけでもそのことは明らかだ。
 そんなことを考えながら、たまたま在日外
国人のために発行されている日本語の雑誌を
読んでいたら、「日本語の失敗」という特集
があって、こんな事例が紹介されていた。【
6】その外国人は「私は母親にいつもおそわ
っています」というべきところを、「私は母
親にいつもおそわれています」と言い間違え
て、聴衆から笑われ た、というのである。
確かに、「おそわる」と「おそわれる」との
間には大きな意味の違いがある。【7】物事
は間違わないにこしたことはない。しかし、
話を聞いていれば、その言語的文脈と社会的
文脈から、彼が本当は「おそわる」と言いた
かったに違いない、ということは誰にでも推
測できるはずである。【8】この場合、コミ
ュニケーション上の問題を生んだのは、話し
手であるこの外国人の責任というよりは、文
脈上簡単に推測できる言葉に、厳密な正確さ
を求めた日本人の側にあるのではないか、と
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私は思った。【9】このような少しの間違い
を問題にして、相手を笑うというのでは「日
本語」が「世界性」を持つ言語になることは
かなりむずかしいのではないのだろうか。「
国際化」の進行にともなって、このような「
さまざま∵な日本語」がわれわれの周辺でし
ばしば発生するようになってきている。【0
】とりわけ東京の都心部などでは、電車に乗
っても、街を歩いていても、多くの外国人が
それぞれに「日本語」を操っている風景を見
かける。そこでは、かなりたどたどしい「日
本語」が使用されているけれども、別段日常
的な生活にはこと欠かない。十分意志は通じ
るのである。コミュニケーションというの 
は、おおむねこんな性質のものなのであって
、お互いに常識的な推論によって、およその
見当がつけばそれでよいのである。

 (加藤英俊監修・国際交流基金日本語国際
センター編『日本語の開国』(TBSブリタ
ニカ))