長文集  1月3週  ★(感)物の命と人間の心が  he2-01-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】物の命と人間の心が結び合って一つ
になる。我(が)の強い人には友達ができが
たいように、おたがいの心が結び合ってこそ
友人になるのである。【2】河井寛次郎先生
が、物を自分や友人に見立てて「物を買って
来る、自分を買って来る」とか、物を親しい
友人として「自分の家に連れて来る」という
ように表現されていたことを思い出すのであ
る。そのように考えると、美しい物は何か人
の心に与えるものを持っている。【3】した
がって、物と心が結び合う時、自分の水準が
高められる。それゆえ、美を味得する道は人
によって違うのである。一般的に、生まれな
がら情操的な人と理知的な人があるように、
誰でも同じようにはいかないが、情操的な人
ほど友人が多くできるように、美しい物との
出会いは多い。【4】そういう人ほど直感力
が強いといえる。
 さて、この直感力を強くする道は、修業に
よらなければならないが、柳先生は参考とし
て役に立つ二つの実際的方法を示唆して、練
習の資に供したいと言われている。一つは標
準法で、他は擬人法である。【5】物は程度
の差はあっても、いろいろな条件によってそ
れぞれ異なっているもので、作った人の性質
、境遇、意志、取りあつかい方などが直接で
きあがった物に影響してくる。これは人間性
の反映である。それゆえ人間と同じように見
ていくことはその理解を早める一つの道であ
る。【6】例えば、工芸品の一つを例として
取り上げると、色とか模様とかデザインなど
が派手にすぎていた ら、ぜいたくな人間の
性質と同じように見えるだろう。ぜいたくと
いう言葉は道徳の世界から見れば、必ずしも
善ではないし、華美というものと真の美とは
どうしても反発する傾向がある。
 【7】今度は別に装飾はなくても、落着い
た形、確実な材料や機能、おだやかな色調な
どを見る時、かざり気のない実直な人のほう
がどれだけ人に信頼されるかということに通
じる。物としても、そのような人に通じるも
のがあることを考えないわけにはいかない。
物としてもそのような美しさを持っている物
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があるといえよう。【8】また細々とやせて
、きゃしゃな形を見ると、やはりそれは健康
体とはいえない。(中略)
 また例えばそまつな材料や、粗雑な仕事で
ありながら、上っ面ば∵かりよく見せかけて
いても、その仕事やそれを作る人間のような
うそのある物とは、共に暮す気持にはなれな
いのが普通である。【9】どんな人間が信用
できるか、また頼りになるか、友達として長
く付き合えるかというように、物にも一様の
道徳観がある。一時はだまされても、不道徳
な人や物は、はっきりわかってしまえば、ど
うなるか考えなくてもわかる。【0】これを
見ぬく見識は、真に美しい物を常に求めてい
る者が持てるのである。
 また、気品のある物、品格のある物、着実
な物、健康な物、温かみのある物、うるおい
のある物、深味のある物、静けさのある物、
こういう性質のある物は、美しさに結びつき
やすい縁を持つといえる。ただ注意すべきは
人間の世界にごまかしが多過ぎるように、物
の場合にもよくあることである。これは巧み
に技巧をこらした物、器用さで作った物など
、その作為にごまかされて、それを美しさと
誤認する場合が多い。技巧と美、器用と美の
混同される場合も多いが、これらと一緒に暮
している間には、いつかボロが出て来て必ず
いやになるものである。これは、結局はごま
かし物ということになる。これに反して不器
用でも実直な物、田舎くさくても、素朴でも
着実な物の価値を忘れてはいけない。
 愛され、尊敬される人間と同じで、それを
早く見ぬくことが大切である。このように、
見かけの美しさと真の美しさとはちがうもの
で、これを人間に例えて考える判定の仕方が
擬人法である。

(池田三四郎『美しさについて』)