長文集  2月4週  ○私が作曲家として  he2-02-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/10/18 17:12:50
 【1】私が作曲家として携わっているのは
西洋音楽です。いわゆるクラシック音楽と呼
ばれ、皆さんもご存知であろうバッハ、ハイ
ドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シュ
ーマン、ショパン、ブラームス、ワーグナー
、ドビュッシー、と続いてきた伝統がありま
す。【2】私はその線上に乗って、現代にお
いて作曲をしているわけです。クラシック音
楽というと今や音楽の一ジャンルになってい
ますが、そもそもはヨーロッパにおいて、特
に教会を中心として発達してきた、ある意味
では非常にローカルな音楽なのです。【3】
西洋という一地域における民族音楽とも言え
ます。
 とはいえ現在、西洋音楽はグローバルなも
のとして広まっています。なぜここまで世界
的な音楽として成功したかというと、要因の
一つには、五線紙というものに機能的に記録
する形式を獲得したことが大きく働いていま
す。【4】「楽譜を書く」という大原則が根
本にあったために、数百年前の作品も残って
いるのです。これを楽譜中心主義と言います

 たとえばこんな話があります。日本では音
楽そのものを「ミュージック」と訳していま
すが、西洋においてミュージックと言うと、
まず頭の中にイメージするのは楽譜なのです
。【5】辞書を引いてみるとわかると思いま
す。欧米に行って、オーケストラや室内楽と
いった創作する現場へ行くと、
「俺のミュージック、どこかへいってしまっ
たぞ。お前、今日ミュージック貸してよ」
といったふうに、日常の会話の中では「楽譜
」という意味でミュージックという言葉が使
われています。
 【6】つまり、西洋音楽の存在を裏づける
もっとも重要な要素として、まず楽譜(ミュ
ージック)があるということです。
 西洋音楽を楽譜中心主義という大原則のも
とに、いくつかの要素に分けて分析してみま
しょう。【7】まず楽譜が中心にあって、そ
れを音(サウンド)に変換する人がいる。演
奏(パフォーマンス)する、演奏家です。さ
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らにその演奏を聴取(リスニング)する人、
∵聴衆がいます。以上は楽譜から生み出され
る要素でした。
 【8】一方で、楽譜からさかのぼるものも
あります。いわば上流の部分には、その楽譜
を生み出す過程があります。その楽譜を書く
人の内にある何らかの音楽的要求、まずは欲
求と言ってもいいのかもしれませんが、そこ
から音楽が始まります。
 【9】つまり音楽によって何かを表現した
いという自己表現欲求があって、それを自分
の外部に、楽譜という形式で、その音楽的要
求(リクワィアメント)を固定する過程があ
るわけです。もうおわかりと思いますが、こ
れが作曲(コンポジション)です。
 【0】以上の三つの過程が「作曲→演奏→
聴取」と連続した図式(スキーマ)によって
西洋音楽は成立しています。私は作曲家です
から、最も上流の部分で自分の表現したいも
のがあり、それを楽譜に固定する立場です。
演奏家がそれを音にして、聴衆がそれを聴 
く。このような創造過程によって音楽が成り
立っているわけです。
 この図式は、建築とよく似ています。家を
建てるプロセスを考えてみると分かりやすい
かもしれません。建築家がまず設計図面を書
く、大工さんがそれを建物にする、そしてそ
こに住む人がいる、というスキーマです。

 (茂木健一郎/江村哲二『音楽を「考える
」』(ちくまプリマー新書))