1. 【1】「いってらっしゃい。」と妹、「早く帰ってきてね。」とぼく、そして、「気をつけてね。」と母の声。
2.「行ってくるよ。ゆうすけ、あっこちゃん、学校がんばってな。」
3.毎朝、同じ会話が交わされ、静かな朝の道へオートバイが走り出していく。父の
出勤だ。
4. 【2】父は、
消防署に
勤務している。いつ、どこで発生するかわからない火災や事故を相手にする
緊張した仕事だ。朝
出勤すると
翌日の朝まで帰らない。日曜も祭日もなく一日おきに
勤めている。非番で家にいる日も午前中は
寝ている。前日は
勤務で
寝ていないからだ。【3】父が
寝ている間は、家族も音を立てないようにして歩かなければならない。「いやだ。
消防署なんてやめちゃえ。」と、父の仕事を
憎く思ったこともある。しかし午後、目が覚めると
僕と妹に本を読んでくれたり、
一緒に遊びに出かけてくれたりする。制服を
脱ぐと本当に
優しい父だ。
5. 【4】三年生のとき、社会科で
消防署の仕事について習った。市民の安全を休みなく守る消防士さん、それが
僕の父なのだ、と思ったとき、
僕は初めて父の仕事に感謝し、その仕事を
誇りに思った。
6. 無
遅刻、無
欠勤で働き続けたために、
署の招待で家族旅行に行ったこともある。【5】
新婚旅行をしなかった両親にとって、
結婚十周年を
兼ねた旅行となり、とても楽しかったそうだ。また、十五年
勤務のお祝いには、母も
消防署に招かれ、感謝状を
贈られた。
7.「火災
出勤があるとね、神様に手を合わせて、どうか無事に
勤めが果たせますように、って
拝むのよ。」
8.と母は話してくれた。【6】冬の夜、
緊急の出動があるときも、母は飛び起きて父を送る。そのあと
風呂をわかしたり、布団をあたためたりして、寒くても父の帰りを待っている。そんな母の心づかいを、きっと父も感謝しているに
違いない。∵
9. 【7】父の頭の中はまるで市内の地図だ。休みの日、車で街を走ってもらうと、いろいろな道を知っていることに
驚く。地図で調べたり、道を聞きながら走ったりしたのでは火事が広がってしまうから、父にとっては当たり前のことなのだろう。
10.【8】「消防士の仕事は、一秒が大切だ。だからといって、早ければいいわけじゃない。失敗や事故は許されないから、正確でなくてはいけない。だから、心にゆとりを持つことだ。そして、いつでもきちんと動けるように、体を大切にしないとね。」
11.父はそう話す。【9】なんだか父の
勤務への心構えは、いつも
僕たちに何かを教えているように思えてくる。
12. 健康な体。早く正確に。心にゆとりを。多くの人の、仕事や日々の生活にとって、同じように考えられると
僕は思うのである。【0】
13.(言葉の森長文作成委員会 ι)