長文 8.1週
1. 【1】「いってらっしゃい。」と妹、「早く帰ってきてね。」とぼく、そして、「気をつけてね。」と母の声。
2.「行ってくるよ。ゆうすけ、あっこちゃん、学校がんばってな。」
3.毎朝、同じ会話が交わされ、静かな朝の道へオートバイが走り出していく。父の出勤しゅっきんだ。
4. 【2】父は、消防署しょうぼうしょ勤務きんむしている。いつ、どこで発生するかわからない火災や事故を相手にする緊張きんちょうした仕事だ。朝出勤しゅっきんすると翌日よくじつの朝まで帰らない。日曜も祭日もなく一日おきに勤めつと ている。非番で家にいる日も午前中はている。前日は勤務きんむていないからだ。【3】父がている間は、家族も音を立てないようにして歩かなければならない。「いやだ。消防署しょうぼうしょなんてやめちゃえ。」と、父の仕事を憎くにく 思ったこともある。しかし午後、目が覚めるとぼくと妹に本を読んでくれたり、一緒いっしょに遊びに出かけてくれたりする。制服を脱ぐぬ と本当に優しいやさ  父だ。
5. 【4】三年生のとき、社会科で消防署しょうぼうしょの仕事について習った。市民の安全を休みなく守る消防士さん、それがぼくの父なのだ、と思ったとき、ぼくは初めて父の仕事に感謝し、その仕事を誇りほこ に思った。
6. 無遅刻ちこく、無欠勤けっきんで働き続けたために、しょの招待で家族旅行に行ったこともある。【5】新婚しんこん旅行をしなかった両親にとって、結婚けっこん十周年を兼ねか た旅行となり、とても楽しかったそうだ。また、十五年勤務きんむのお祝いには、母も消防署しょうぼうしょに招かれ、感謝状を贈らおく れた。
7.「火災出勤しゅっきんがあるとね、神様に手を合わせて、どうか無事に勤めつと が果たせますように、って拝むおが のよ。」
8.と母は話してくれた。【6】冬の夜、緊急きんきゅうの出動があるときも、母は飛び起きて父を送る。そのあと風呂ふろをわかしたり、布団をあたためたりして、寒くても父の帰りを待っている。そんな母の心づかいを、きっと父も感謝しているに違いちが ない。∵
9. 【7】父の頭の中はまるで市内の地図だ。休みの日、車で街を走ってもらうと、いろいろな道を知っていることに驚くおどろ 。地図で調べたり、道を聞きながら走ったりしたのでは火事が広がってしまうから、父にとっては当たり前のことなのだろう。
10.【8】「消防士の仕事は、一秒が大切だ。だからといって、早ければいいわけじゃない。失敗や事故は許されないから、正確でなくてはいけない。だから、心にゆとりを持つことだ。そして、いつでもきちんと動けるように、体を大切にしないとね。」
11.父はそう話す。【9】なんだか父の勤務きんむへの心構えは、いつも僕たちぼく  に何かを教えているように思えてくる。
12. 健康な体。早く正確に。心にゆとりを。多くの人の、仕事や日々の生活にとって、同じように考えられるとぼくは思うのである。【0】

13.(言葉の森長文作成委員会 ι)