長文集  9月4週  ○日本人は笑わない  hi-09-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/06/09 09:48:57
 日本人は笑わないなどと言えば、すこし大
げさになりますが、少なくも、日本人は表情
にとぼしい、心の中の感情を顔や動作に表さ
ない、ということは、よく言われることです
。なるほど言われてみれば、そのとおりです
。日本人はいつもお能の面のように、表情の
ない顔をしている、と言った人もいます。
 また日本人は戦争が好きだ、命を捨てるこ
とをなんとも思っていない、ということも、
世界中で評判になっています。そして古く 
は、ハラキリ、近ごろでは、カミカゼという
ような日本語が、ひろく外国にまで伝えられ
ているほどです。(中略)
 あまりありがたくない評判ばかりならべま
したが、実はうれしい評判だってあるのです
。たとえば、日本人は勤勉だ、朝早くから夜
おそくまでよく働く、ともいわれています。
また、日本人はとてもきれい好きだとか、が
まんづよい、どんな苦しいことでも、歯をく
いしばってよくがまんするとか、日本人は手
先が器用で、りっぱな美しいものを生み出す
とか、いろいろなことをいわれているので 
す。それがわたしたちにとって、ほんとうに
よろこんでいいことなのかどうかということ
は、よく判断してみなくてはなりません。し
かし世界の人たちの目には、日本人がそうい
う姿で、うつっているのです。
 日本の文化について、ある外国人が、次の
ように書いているのを読んだことがあります

 日本は二階建ての家で、二階には西洋式の
生活や風俗や文化が、なにからなにまでそろ
っている。また一階にはむかしながらの生活
や風俗、日本式の文化がそのまま残っている
。しかし、ふしぎなことは、その一階と二階
とを結ぶ階段がみあたらないことである。―
―と、そういうたとえを引いて日本の文化の
姿を批評しているのです。このたとえも、た
しかにおもしろいと思います。わたしたちの
生活のまわりを見渡しても、たとえば洋服と
和服(着物)、靴とげた、いすの生活と畳の
暮らし、洋食と日本料理、西洋画と日本画、
西洋音楽と日本音楽、――といったように、
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一方では日本にむかしから伝わっているもの
がよろこばれています。町を歩いてみても、
ヨーロッパやアメリカの町にくらべて少しも
おとらない、りっぱなビルディングが立ちな
らび、電車や自動車がめまぐるしく走ってい
る。ところが、その町の中にも、のれんをか
け、店さきに畳∵をしいた、むかしふうのお
店があるし、白壁の土蔵も見られるし、また
神社の鳥居がたっていたり、お寺のあたりか
らお線香の煙りがにおってきたりする。きれ
いな訪問着に着飾ったむすめさんが、デラッ
クスな自動車から降りても、わたしたちはあ
たりまえのこととしてふしぎに思いませんが
、外国人の目から見ると、ずいぶんめずらし
いことなのでしょう。それと同じことで、よ
くおすし屋や、おそば屋などの店さきに、テ
レビが置いてあって、そのそばに、酉の市で
買ってきた大きなくまでが掛かっていたりす
る、そんな風景も、外国人にはふしぎでたま
らないようです。
 一九五七年に日本を訪れたソビエトの作家
エレンブルグは、次のように書いています。
「日本は、外から来るものをおどろかせる。
最初にめにうつるすべてのものが、ひどく矛
盾しているように思われる。電化された汽 
車、いすの背の角度を自由に調節できる、乗
り心地のよい車室、そこには食堂もついてい
る。給仕のむすめが香(かおり)の高いコー
ヒーを運んでくれる。着物姿のふたりの日本
のむすめが手文庫に似た小さな箱を開けて、
生魚やほした昆布をつめ合わせたお米の弁当
を食べている。食事がおわると、本をとり出
す。ひとりはサルトル(フランスの作家)の
小説を手にしているし、もうひとりは家政の
教科書を読んでいる。こんな光景を見ている
と、自分がいったい世界のどこにいるのか、
アジアにいるのか、ヨーロッパにいるのか、
アメリカにいるのか、わからなくなる。しか
も古い時代、新しい時代、さまざまな世紀が
からみ合っているのだ。
 日本では、どの日本人も一日のうち何時間
はヨーロッパ的な、またはアメリカ的な生活
を送り、また何時間かはむかしながらの日本
の生活を送っている。日本人のなかには、た
がいに異なる二つの世界がいっしょに存在し
ている。」
 わたしたちは日ごろ見なれていて、なんと
も思わないことが、外国人の目にはこのよう
にうつっているのです。

 (岡田章雄「日本人のこころ」)