a 長文 7.1週 hi
「いただきます。」
 わたしは、世界の食べ物の中でカレーがいちばん好きだ。カレーだと、必ずおかわりをしなくては気が済ます ない。カレーのどこが好きなのかと聞かれてもおいしいものはおいしいのだから理由などない。
 この前、学校の林間学校で、飯盒はんごう炊さんすい  をしてカレーライスを作ることになった。まず、学校の授業で、カレーに使われる材料や、カレールーの歴史などについて調べ、発表をした。そこで、カレーの材料にはいろいろな人が関わっていること、また、長い歴史があることが分かった。そして、自分の家で、一人でカレーライスを作ることが夏休みの宿題の一つとなった。
 カレーが大好きなわたしでも、生まれてから一度もカレーを自分で作ったことはなかった。母に教えてもらいながらやっとのことで作り上げたが、その時、こんなに大変なのに林間学校で自分たちだけで作れるのかと不安になった。
 その不安を抱えかか たまま、林間学校が始まり、二日目の夜に飯盒はんごう炊さんすい  が行われた。もし、作ることができなかったら、わたしたちのその日の夜ご飯はなしになってしまう。わたしまきの係りだった。お米を研ぎ、野菜を全て切り終わった後に火をつけた。その火はまるで、紅葉こうようしたモミジのように真っ赤だった。途中とちゅうで、火が消えそうになって慌てあわ たが、以前、火を作る練習をした時、火が消えそうになったらうちわであおげばよいと習ったのを思い出した。みんなで、一生懸命いっしょうけんめいうちわであおぐと、消えかけていた火が勢いを盛り返しも かえ た。しばらくすると、飯盒はんごうから、水滴すいてきがたれてきた。まきでさわってみると、ぐつぐついっている振動しんどうが手にも響いひび てくる。
「やったあ。」
なぜみんなが喜んでいるのかというと、そうなったらご飯が炊けた たという合図だからだ。本当にできているか確かめるために、火から下ろし、軍手をした手で飯盒はんごうのふたを開けてみた。すると、真珠しんじゅ
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のような真っ白なご飯が姿すがたを現した。そのご飯を見たとき、わたしはとにかくうれしかった。
 ご飯は、飯盒はんごうごと逆さにして蒸しむ ておき、わたしたちはカレーのなべの方に取り組んだ。しかし、このあと、わたしたちは小さな失敗をしてしまった。水を多く入れ過ぎてしまったのだ。なべの中はびちゃびちゃになっていたが、わたしたちはあまり気にすることなく作業を続けた。そして、やっとカレーの方も完成した。
「いただきます。」
と声をそろえ、一斉いっせいに食べ始めた。わたしは水が多すぎて、おいしくないカレーになっていないかと思っていたが、その心配は無用だった。なぜなら、家のカレーよりもおいしかったからだ。わたしは、もちろん、それをおかわりした。
 この飯盒はんごう炊さんすい  以来、わたしはもっとカレーが好きになった。母が、今日の夕飯もカレーだと言っていたので、とても楽しみだ。

(言葉の森長文作成委員会 Λ)
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a 長文 7.2週 hi
 こうしてケーキミックスは大ヒットした。アメリカ国内で売りつくすと、ヨーロッパやオーストラリアにも進出した。どこでも大当たりだった。そして次の有望な市場として日本に目が向けられた。
 調査してみると、日本はすっかり欧米おうべい化しているようだった。日本人の食生活の洋風化はきわだっており、インスタントコーヒー、粉末スープなどの市場がすくすくと成長していた。和菓子わがしがおとろえ、洋菓子ようがしに人気が集まっていた。洋菓子ようがしの売り上げ全体の一わりでも獲得かくとくできれば、利益はじゅうぶん得られる。
 ただし、そのころの日本にはオーブンを持っている家庭がほとんどなく、従来じゅうらいのケーキミックスをそのまま持ちこむわけにはいかなかった。しかし、オーブンはなくても、電気釜でんきがま(自動炊飯すいはん器)ならどの家庭にもある。そこで、電気釜でんきがまで作れるように改良することがケーキミックスの技術的な課題になった。アメリカの優秀ゆうしゅうな技術じんは、この課題を解決し、りっぱな製品を作り上げた。
 そして、日本の主婦にモニター(意見を述べる役)を依頼いらいして、実際に電気釜でんきがまでケーキを作ってもらった。評判は上々だった。
 この結果をふまえ、ケーキミックスの製造会社は自信満々で日本市場に進出することを決定し、日本の大手企業きぎょうとの合弁会社(資金を出し合って作る会社)が設立された。かなりの宣伝せんでん費をかけて売り出すと、たちまちまねをする会社が現れて似たような製品を発売するほどで、成功はまちがいないように思われた。
 ところが、ケーキミックスは日本の市場では完全な失敗だった。さっぱり売れなかった。
 この段階だんかいになって、初めてわたしに原因調査の依頼いらいがあった。わたしは主婦を集めてグループに分け、雑談形式で話を進めてもらった。最初は建て前ばかりでも、だんだんうちとけて本音を言うようになるものである。初めのうち、ケーキミックスを使ったことのない人は、「おもしろそうね。」「作ってみたい。」などと言っていたし、使用経験者も「なかなかよくできてる。」などと好意的な意見を言っていた。しかし、話が進むうちに、
「でも、あれは、バニラ(香料こうりょうの一種)やチョコレートが入っているのよね。」
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という発言があった。これをきっかけに、いっきょに、売れない理由が解明されることになった。
 日本の食文化におけるお米の重要さはいうまでもない。食生活が欧米おうべい化したといっても、一日のうちでいちばん大事な夕食が、いまだにお米中心であるということは、最近の厚生省の調査でも明らかだ。欧米おうべい若いわか 女性が手作りのケーキのよしあしで判断されたように、日本のおよめさんにとっては、ふっくらした白い御飯ごはんをたくことが重要な課題なのだ。
 ライス・カルチャー(お米の文化)といわれる日本文化の中で、お米は純粋じゅんすいさの象徴しょうちょうなのである。白米が尊重そんちょうされ、カレーなどもあくまでも後からかけるものであり、茶飯ちゃめしやピラフは、しょせん基本的な調理にはなりえない。
 その御飯ごはんをたくのと同じ器でケーキを作ると、バニラやチョコレートに汚染おせんされてしまうのではないか――。日本の主婦がひっかかったのはそこだった。
電気釜でんきがまをよく洗えあら ばだいじょうぶだ」
というのは、ひじょうにあさはかな考えで、答えになっていない。人間の心理はそんなに簡単かんたんなものではない。
 日本人のこうした感覚を欧米おうべい人に説明するために、わたしはこういうたとえを用いた。
「これは、イギリスの主婦に、ティーポットでコーヒーを作れ、というようなものだ。」
 この分析ぶんせき結果を聞いたケーキミックスは、きっぱり日本市場から引き上げていった。問題が、そこまで民族的な伝統に根ざしている以上、手の打ちようがないからである。

 (ジョージ・フィールズの「電気釜でんきがまでケーキがつくれるか」にもとづく。開成中)
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a 長文 7.3週 hi
 わたしは改めて自分の部屋に行ってみた。昨晩さくばん母が苦労して片づけかた  たおかげで、かなり快適そうな子供部屋こどもべやになっていた。全然見ない百科事典が全巻ぜんかんあるのも今ならこの部屋にふさわしい。まるで賢いかしこ 子供こどもの部屋のようだ。こんなキチンとした部屋を使用している子供こどもなら、毎日規則正しく予習復習をやり、夕飯には野菜スープと肉の焼いたやつなどを食べ、家族と少し談笑をした後、風呂ふろに入ってすみやかに眠るねむ のであろう。そして朝は早起きをし、遅刻ちこくなどという愚かしいおろ   行為こういとはえんがなく、学力優秀ゆうしゅうで人望も厚いのである。もちろん、親から怒らおこ れる事などない。わたしとは、どこをとっても異質いしつ子供こどもの部屋である。
 明らかに急激きゅうげき片づけかた  たとバレる気がする。日常とは違うちが 、とってつけたような空気が充満じゅうまんしている。つくえの上がきれいなのもわざとらしい。だがつくえの引き出しを開けてみると、昨日捨てす なかった小物類がゴチャゴチャと入っていた。パンダの貯金箱やゴムボールや、紙せっけんや半分使った目薬もあった。こまかい物を母が適当にこの引き出しの中に入れたのだ。ちらかっていた昨日までの子供部屋こどもべやのミニチュア版という感じである。
 一見きれいに見えるこの部屋も、引き出しを開ければこんなもんである。所詮しょせん茶番ちゃばんにすぎないのだ。
 先生が来る時間が近づくにつれ、わたし憂鬱ゆううつになっていった。どうせ母は先生に、ももこはちっとも勉強せずに手伝いをするわけでもなく怠けなま てばっかりというような事を話すであろう。遅刻ちこくギリギリに登校するのは朝のトイレが長いせいだという余計な事まで言うかもしれない。先生は先生で、ももこさんは学校では特に目立つ活躍かつやくもない生徒だからもっと奮起ふんきを望むところだというような事を母に告げるであろう。そしてわたしは先生が去った後に母から「アンタしっかりしなきゃだめだよ」などと言われるのが関の山である。
 そんなつまらない情報を交換こうかんするためにたたみまで替えるか  必要があるだろうか。「あーあ……」という気分である。
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 やがて、先生はやって来た。母は先生をあの安宿のような和室に招き入れ、ヒロシの仕入れたイチゴを運んでわたしについての話を始めた。ふすまの向こうから、先生と母の声がきこえてくる。時折両者の笑い声もきこえる。わたしについての話なのに、何をそんなに笑うのか、気になるところである。笑い声がきこえればきこえたで気になるし、静まれば静まったで気になる。自分の事というのは何かにつけ気になるものである。
 十五分余りで話は終わったらしく、先生と母が子供部屋こどもべやにやってきた。先生は、入ってくるなり「お、きれいに片づいかた  ているなァ。普段ふだんはもっとちらかっているだろう?」と一番痛いいた ところを突きつ わたしと母は赤面した。だから、バレるようなことはしない方がいいのだ。先生はわたしつくえの上を見て、「お、つくえの上もきれいになっているね。だけど引き出しの中はどうかな」と言って引き出しを開けた。
 万事休す。もうおしまいである。ゴチャゴチャな引き出しの中を見た先生はプッと吹き出しふ だ わたしと母はますます赤面した。脳天のうてんにマグマが上昇じょうしょうしてゆくような熱さを感じた。うつむいて黙っだま て赤面している間も、新しいたたみ匂いにお 漂っただよ てきてやるせない。
 先生がお土産を持って去った後、母はわたしに「アンタ、もっとしっかりしなきゃだめじゃないの」と、予想通りの小言を言った。わたしは母の小言を「はいはい」と軽く聞き流し、外へ遊びに行こうと思って店先に出た。

(さくらももこ「あのころ」より。東海大附属ふぞく浦安うらやす中)
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a 長文 7.4週 hi
 美術担当たんとうの先生洋は、学校の近くで開かれている写生大会を見まわりながら指導していたが、その途中とちゅうで、描くえが のに苦労している女の子の下絵をよかれと思って手伝った。一方、学校で何かと話題の中心になる根元少年の姿すがたが見えず、気になっていたが……。

 ふりむくと――根元少年が立っていた。
―先生はかんのきゃあ?
と、きいた。
―ん? 今日は見まわるだけで手一杯ていっぱいやからな。
正直に答えてから、ふと気になってきき返した。
―根元はもういたンか。
根元少年は黙っだま て画板をさしだした。白紙だった。ピンを外して裏返しうらがえ て見ても何も描いえが てなかった。
―今までなにしてたンや。
ちょっときつい声になってとがめるように言ってしまった。根元少年は平気で、チョウチョを追いかけとった――と答えた。
―白紙なんか受けとらヘンよ。
と言ってやっても、やっぱり平然としている。そしてさっきとおなじ質問をした。
―先生はかんの?
く用意してへんさかいなあ。
根元少年は黙っだま て自分の画板と絵具箱と、カンヅメを利用した水入れをさしだした。
―根元のをいてやるわけにはいかんがな。
やんわり断ると、根元少年はついと横をむいて鼻を鳴らした。
―女の子のは手伝ってやったのによ……。
どこからか見ていたらしい。
―あんまりおそいから、ほんのちょと手伝うたンや。
弁解がましくなると知りながらも正直に説明した。すると根元少年は自分の画用紙を指して、おれの方がもっとおそい……と、つぶやいた。
―それはちがうで。あの子は一生懸命いっしょうけんめいやってもおくれたンや。根元はチョウチョを追うとっておくれてただけやろ。
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さすがに洋もちょっととんがった声で言ってやると、根元少年は首をすくめ、
―言えてる。
さすがに自分のさぼったことをみとめた。
―今からでもくか。手伝わンけど、見てたるさかい……。
洋が誘うさそ と、根元少年は素直にうなずいた。
―どこでくンや?
―さっきの女の子のとこ。
根元少年はただちに答えた。
―あそこ、先生の気にいったとこだろが。
―なんでわかるンや?
―チョウチョ追いかけながらでも気がついとったけど、先生、あそこに五ヘンも立ってたもんだでよ。
(ちゃんと見ておったンやな。いや、おれをつけとったな。そやさかい、こっちが探しさが ても見つからんわけや……。)
洋は苦笑して、さっきの場所へいそいだ。ところがそこで思いもかけない光景を見てしまったのだ。

今江いまえ祥智よしとも 「牧歌」)
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a 長文 8.1週 hi
 「いってらっしゃい。」と妹、「早く帰ってきてね。」とぼく、そして、「気をつけてね。」と母の声。
「行ってくるよ。ゆうすけ、あっこちゃん、学校がんばってな。」
毎朝、同じ会話が交わされ、静かな朝の道へオートバイが走り出していく。父の出勤しゅっきんだ。
 父は、消防署しょうぼうしょ勤務きんむしている。いつ、どこで発生するかわからない火災や事故を相手にする緊張きんちょうした仕事だ。朝出勤しゅっきんすると翌日よくじつの朝まで帰らない。日曜も祭日もなく一日おきに勤めつと ている。非番で家にいる日も午前中はている。前日は勤務きんむていないからだ。父がている間は、家族も音を立てないようにして歩かなければならない。「いやだ。消防署しょうぼうしょなんてやめちゃえ。」と、父の仕事を憎くにく 思ったこともある。しかし午後、目が覚めるとぼくと妹に本を読んでくれたり、一緒いっしょに遊びに出かけてくれたりする。制服を脱ぐぬ と本当に優しいやさ  父だ。
 三年生のとき、社会科で消防署しょうぼうしょの仕事について習った。市民の安全を休みなく守る消防士さん、それがぼくの父なのだ、と思ったとき、ぼくは初めて父の仕事に感謝し、その仕事を誇りほこ に思った。
 無遅刻ちこく、無欠勤けっきんで働き続けたために、しょの招待で家族旅行に行ったこともある。新婚しんこん旅行をしなかった両親にとって、結婚けっこん十周年を兼ねか た旅行となり、とても楽しかったそうだ。また、十五年勤務きんむのお祝いには、母も消防署しょうぼうしょに招かれ、感謝状を贈らおく れた。
「火災出勤しゅっきんがあるとね、神様に手を合わせて、どうか無事に勤めつと が果たせますように、って拝むおが のよ。」
と母は話してくれた。冬の夜、緊急きんきゅうの出動があるときも、母は飛び起きて父を送る。そのあと風呂ふろをわかしたり、布団をあたためたりして、寒くても父の帰りを待っている。そんな母の心づかいを、きっと父も感謝しているに違いちが ない。
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 父の頭の中はまるで市内の地図だ。休みの日、車で街を走ってもらうと、いろいろな道を知っていることに驚くおどろ 。地図で調べたり、道を聞きながら走ったりしたのでは火事が広がってしまうから、父にとっては当たり前のことなのだろう。
「消防士の仕事は、一秒が大切だ。だからといって、早ければいいわけじゃない。失敗や事故は許されないから、正確でなくてはいけない。だから、心にゆとりを持つことだ。そして、いつでもきちんと動けるように、体を大切にしないとね。」
父はそう話す。なんだか父の勤務きんむへの心構えは、いつも僕たちぼく  に何かを教えているように思えてくる。
 健康な体。早く正確に。心にゆとりを。多くの人の、仕事や日々の生活にとって、同じように考えられるとぼくは思うのである。

(言葉の森長文作成委員会 ι)
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a 長文 8.2週 hi
 みなさんには、まだ字を読めないころの読書体験がありますか。いや、これは矛盾むじゅんしていますね。字を知らなければ、読書はできない。言い直しましょう。字が読めないことを意識しつつページをめくり、「ここには何が書いてあるのだろう」と思い、もどかしい興奮こうふんをおぼえたことがありますか――ちょうどかずのの戸を見るように。
 わたしにはあります。雑誌ざっしだったか、その付録だったか、とにかく兄の本です。そこに「漫画まんが描きえが 方」のようなものがのっていました。しかし、字は読めない。だからこそ、想像を絶するほどおもしろかったのです。で、また矛盾むじゅんしたことを申し上げましょう。そのおもしろさを、想像してみてください。そこにあったのは、実に不可思議な世界です。技法説明のため、さまざまな表情や姿すがたがならんでいました。かと思うと、それらを生み出す、裏方うらかたのペンやインクの絵が描いえが てあったりします。
 わたしが一番強烈きょうれつにおぼえているのは、こういう場面です。古い漫画まんがの手法では、人が歩いた後に、マッシュルームを横にしたような印が、次々についていきます。砂ぼこりすな   象徴しょうちょうなのでしょう。さて、その本の中の人物は、ほこりマークを現実にあるもののように扱っあつか ていたのです。手に持っていたのかもしれません。拾い集めていたか、あるいは、歩く人物の後ろに置いていったのかもしれません。そうやって、描きえが 方を説明していたのです。なんとも奇妙きみょうな絵でした。「ここに書いてある字が読めたらなあ」と、強く思いました。どういう部屋のどのあたりにすわっていたかも含めふく て、その時の記憶きおく鮮やかあざ  にあるのです。小学生になってからも、時々、あの漫画まんがにもう一度会いたいと思いました。
 さて、「漫画まんが描きえが 方」は、本来の目的からいえば、鑑賞かんしょうのためにあるのではなく、実用のためにあるものです。しかし、わたしにとって、それはなぞに満ちた物語、通常の音階を持たぬ歌だったのです。これこそ、本というものの持つ力ではないでしょうか。た
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とえば、夏目漱石そうせきの読み方に、これという絶対の正解があるのなら、われわれは、その答えを人から聞けばいい。しかし、漱石そうせきへの対し方は読者の数だけあります。
 下手な手品は一方からしか見られないといいます。しかし、魔法まほうは、上から下から斜めなな から見ても、人の後ろに立って見ても、遠く離れはな て望遠鏡で見ても魔法まほうでしょう。ある人には、むねのポケットから取り出したものがちょうと見え、また、ある人には蜂鳥はちどりと見える。しかし、どちらも真実なのです。
 つまり、本を読むというのは、そこにあるものをこちらに運ぶような機械的な作業ではない。場合によっては、作者の意図をもこえて、我々われわれの内になにかを作り上げて行くことなのだと思います。
 しかし、仮にあげた例は、あくまでも例なので、今あの時の「漫画まんが描きえが 方」が手に入ったとしても、それは昔のかがやきをもったものではないでしょう。幼いおさな 日に読んで血をわかした本が、後年こうねん読み返してみると、思いのほかにつまらなかったりすることは、間々あるものです。けれども、砂時計すなどけいを手に取りひっくり返すように、あるときからは、また新しいすなが積もりだすものです。中学生の時、読んで少しもおもしろくなかった本の妙味みょうみが、年を重ねることによってわかるようになったりもします。
 そういう読みにたえられる、厚みを持ったものが、古典です。
 手ごわい相手、理解できない書に行きあたると、文字の読めない幼児ようじのように、その昔に帰ったようにもどかしく、「この本が読めたら」と足ずりしたくなります。歯の立たないものをかんだようなつもりになって、見当違いちが 解釈かいしゃくをすることも多い。だが、わたしにとっては、それこそが読書の楽しみなのです。

 (女子学院中)
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a 長文 8.3週 hi
 ユーモアについて、話がしたくなりました。
 第二次大戦の時、イギリスの主要都市は、ドイツ空軍の激しいはげ  爆撃ばくげきにさらされました。特にロンドンは熾烈しれつでした。この時、建物を大破されたロンドンのあるデパートが、
「平常通り営業。本日より入口を拡張かくちょうしました」
というカンバンを出しました。よく知られているエピソードです。
 先日、イギリス人がユーモアについて書いてあるものを読んだらこうありました。
わたしたちイギリス人は、『ユーモアのセンス』というものには特別のプライドを持っているし、また、それについて敏感びんかんである。たとえばイギリス人に向かってモラルがないとか、仕事ができないと言ってもおこりはしない。自分には音楽がわからない、と自慢じまんする者もいる。しかしイギリス人にユーモアのセンスが無いと言ったらぶんなぐられるはずだ。他国では、人の悪口を言うとき、ばか、臆病者おくびょうもの、極悪人などと呼ぶよ が、イギリスでは『ユーモアのセンスが無いね』と言うのである。これは最高の侮辱ぶじょくとなる」
 国民性のちがいと言ってしまえばそれまでですが、日本では、ユーモア感覚は、それほどまでには高く評価されていないように感じます。お互い たが にもっとユーモアの感覚をみがこう」というより「人間マジメに、一生懸命いっしょうけんめいに働くのが一番だ」という言葉のほうが、説得力を持つのではないでしょうか。
 空襲くうしゅう爆破ばくはされたデパートが、「本日より入口を拡張かくちょうしました」というカンバンを出すなんて不真面目だ。「空襲くうしゅうによる被害ひがいのためお客様にご迷惑めいわくをおかけいたします」と書くべきだ。というのが真面目な人の反応でしょう。
 真面目な国から真面目をひろめにやってきたような人っているものです。そういう人は、もしかしたら欠陥けっかん人間と呼んよ でいいかもしれません。自動車のハンドルにあそびがあるからこそ、自動車を安全に運転することができます。ユーモアは命を運転して人生をわたっていくのに欠かすことのできないものです。
 と言いながら、生真面目な言い方になりますが、明治以来、日本
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の文学は喜怒哀楽きどあいらくあいだけに片寄りかたよ 過ぎたように思います。喜びや楽しみを書いたものは評価が一段いちだん低かった。近代の苦悩くのうについて書いたものが文学としては上等で、人生の深みにおもりを下ろしていると最敬礼さいけいれいされてきました。
 詩に限ってみても、上質の軽みに成熟せいじゅくを示した詩、ユーモアの詩が書かれるようになったのは戦後のことです。
 ただ、ユーモアというものは、論理ろんり解釈かいしゃくできるものではなく、それを受信する感性の装置そうちをそなえているかどうかなのですね。頭がどんなによくても、それだけではだめ。いくら知識があっても、それだけではだめだということです。
「平行な二直線が他の直線と交わってできる錯角さっかくは等しい」という定理なら、これを証明することができます。しかし、ユーモアは、たとえるなら花のかおりのようなもので、口ではうまく説明できない。
 数学なら数学、物理なら物理、こういう真面目なことというものは、一生懸命いっしょうけんめい努力すれば分かります。少なくとも分かるはずです。しかし、ユーモアというものは、ユーモラスと感じるか感じないかというセンスの問題になるわけです。

 (横浜よこはま共立学園中)
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a 長文 8.4週 hi
「そう。古田の婆さんばあ  、なんていったの?」
「……なんにも……」
「貸してくださいっていったんでしょう?」
「……うん……」
「でもだまってたの?」
「……うん……」
 そのあと母がなにもいわないので、ぼくは母を上目づかいにみた。母はやさしく笑ってぼくをみているだけだった。でも、母は泣いていた。ぼくに笑いかけながら、なみだほおをつたっていた。ぼくは母をなかせてしまったとせつなくなった。本当のことをいわなければ。ぼくは重い口を開いた。
「貸してって、心の中で、いったんだ……。口にだしていわなかった……」
「そう」
母はぼくの手をとった。細くて、あたたかくて、白くて、きれいな手だった。あのぬくもりはいまでもぼくの手に残っている。
「久志は自分がどういうことをしたか、わかっているわよね」
「……うん……」
「これからは絶対にそんなことをしちゃだめよ」
母はやさしくぼくを諭しさと た。
「約束してくれる?」
「……うん……」
「父ちゃんに、ちゃんとお金を返してもらおうね」
「うん」
「約束だよ。久志がやったことは人間としてやってはいけないことなの。でも、本当のことをいってくれて、母ちゃん、久志のこと、安心したよ。本当のことをいうのは、勇気がいるよね。でも母ちゃんは、久志はほんとうのことをいってくれるとしんじていたよ」
 そういうと、母は突然とつぜんベッドの上で息を詰まらつ  せたように泣き出した。ぼくの手をにぎり、ぼくをみつめたまま、ポロポロとなみだをこぼした。
「ごめんなさいね。母ちゃん……本当にごめんなさいね」そういって母は震えふる だした。
 なぜ母がぼくに謝らなければならないのだろう? ぼくはとまどい、どうしていいのかわからず、だまって母をみつめることしかできなかった。
「ごめんなさいね。本当にごめんなさいね」
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 母は声を震わせふる  ていつまでもぼくに謝るのだった。いつまでも……。

(川上健一「つばさはいつまでも」)
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a 長文 9.1週 hi
「まあ、ありがとう。」
 祖母は目を細めた。今日は、祖母の七十さい誕生たんじょう日。古希こきと言う、おめでたい節目の年齢ねんれいだ。わたしは、小さいころから大好きだった祖母にどんなお祝いをしようかずっと頭を悩まなや せていた。一つ前の六十さいのお祝いのときは、小さくてまだ何もわからなかったので、特別な年の誕生たんじょう日はこれが初めてである。最初はお小遣いこづか を貯めて、喜ぶものを買ってあげようかと思っていたのだが、お年寄りの気に入るものを選ぶのはなかなか難しいむずか  し、お金も足りない。そこで、わたしは自分にしか作れない手作りの贈り物おく ものをすることにした。作文、詩、手紙、絵、わたしは自分が得意なもので勝負しようと考えた。親友のちかちゃんのように手芸が得意だったらさらによかったのだが。
 わたしは、いろいろなアイディアを頭にめぐらせた。祖母がびっくりするようなもの、記念になるようなもの、そして何よりわたしらしいものがいいと思った。わたしは書くこと、創作そうさくが大好きだが、とりわけ、物語を作るのが好きだ。そうだ、祖母の登場する物語、いや、いっそのこと、祖母の伝記を作ってみよう。わたしは自分の壮大そうだい企画きかく驚いおどろ たけれど、まだ時間はあるし、ぜひやってみようと思った。祖母にわからないように、母や親戚しんせきのおばさんたちから話を集め、少しずつ書き溜めた た。祖母が若いわか ころのモノクロの写真も手に入れた。父の手も借りて、パソコンを使って編集した。字は祖母に読みやすいように大きなフォントにした。きれいな色のかわいいイラストも入れた。
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 お祝いの会直前に仕上がった「おばあちゃんの伝記」は、予想以上のできばえで、大人たちの豪華ごうかなお祝いの品にも見劣りみおと がしない気さえした。うれしいことに祖母は、会の間中、何度もそれを手にとって見ていた。わたしは、正直なところ、自分がここまでできると思わなかったので、どうしてこんなにがんばれたのかを考えてみた。そして、作っている間中、いつも祖母の喜ぶ顔を思い浮かべおも う  ていたことに気付いた。今までは、祖母からしてもらうことばかりだったけれど、今度は祖母を喜ばせることができるかもしれないという思いが原動力となっていたのだ。わたしは、この体験を通じて、人間にとって贈りおく ものとは、贈るおく 相手のことを考え、それを形にするという行為こういなのだなあと思った。

(言葉の森長文作成委員会 φ)
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a 長文 9.2週 hi
 噴水ふんすいは、飲めない水である。浴びることの出来ない水である。しかも、その水はただそこを循環じゅんかんしているだけであるから、何ものをも潤さうるお ない。言ってみれば、何の役にも立たないものなのだ。そして、それがいい。都市住民は、すべてが役に立つという環境かんきょう馴らさな  れているから、目の前に突如とつじょとして何の役にも立たないものが出現すると、それだけで文化的衝撃しょうげきをうけ、深く困惑こんわくする。つまり、この困惑こんわくが新たな文化を創り出すつく だ のであり、噴水ふんすいはそのためのものであろう。
 現在先進諸国しょこくの各都市では、経済けいざい活動から文化活動へいそしむべく、都市とその住民に方向転換てんかん促しうなが つつあり、都市の各所に「何の役にも立たないもの」を出現させることで、住民に文化的衝撃しょうげき与えるあた  ことが、静かに流行しはじめている。ドイツのミュンヘンの街角に、コインの投入口のない自動販売はんばい機が出現したのは、まだ記憶きおくに新しいところであろう。もちろん当初ミュンヘンの住民は苛立っいらだ て、その自動販売はんばい機を叩きたた 壊しこわ たが、壊さこわ れた自動販売はんばい機がまた次の日、元通り投入口のないまま立っているのを見て、やめたのである。
 現在その自動販売はんばい機の周辺にはベンチが配置され、人々は噴水ふんすいの周辺に群がるように、やや困惑こんわくしながらたたずんでいる。もちろんミュンヘンには噴水ふんすいもあり、それも住民に対して同様の効果を発揮はっきしてしかるべきなのであるが、ミュンヘンの住民は、コインの投入口のない自動販売はんばい機ほどには噴水ふんすいを、「役に立たないもの」と見なさない傾向けいこうにあるようなのだ。もしかしたらミュンヘンでは、噴水ふんすいの水で洗濯せんたくをしてもいいことになっているのかもしれない。
 パリのエッフェル塔     とうの近くの噴水ふんすいでも、この夏人々が水浴びをしていたから、間もなく彼等かれらも、もし文化的に向上したいのなら、「もっと役に立たないもの」を、どこかに出現させなくてはいけな
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くなるであろう。「金を受け取らない乞食こじき」などというものが、どこかの街角にうずくまることになるかもしれない。
 その点、日本人はまだ大丈夫だいじょうぶである。噴水ふんすいは、依然としていぜん   「役に立たないもの」であり続けており、周辺に群がる人々も、依然としていぜん   「どうしていいかわからない」まま、困惑こんわくしている。ただし、油断は出来ない。夏の日照りが続き、恒例こうれいの水不足になると、都市によっては噴水ふんすいの水を停めてしまうところがあるからである。前述したように、噴水ふんすいの水というのは同じものが循環じゅんかんしているだけなのであるから、どんなに水不足の場合でも、停める必要はない。停めたって、水不足を補うおぎな ことにはならないのだ。
 にもかかわらず停めるのは、水不足について都市住民の多くが心配しているという局面に、そぐわないと考えるからであろう。この考え方がよくない。「そぐわないからこそ噴水ふんすい噴水ふんすいなのである」という視点してんが、ここには欠落している。「真剣しんけんに生活しているものの生活感覚を、さかなでするものであるからこそ噴水ふんすい噴水ふんすいなのである」という、まさしく噴水ふんすい立脚りっきゃく点とでも言うべきものが、無視むしされている。
 つまり、各都市が水不足になる度に、我々われわれ噴水ふんすい危機ききに立たされていると言っていいだろう。言うまでもなく、単に水が停められてしまうからではない。「停めなければならない」と考える人々の姿勢しせいの中に、噴水ふんすいの真に噴水ふんすいたるものを否定ひていする傾向けいこうが芽生えるからである。
 噴水ふんすいに、電気仕掛けしか の細工をしたり、照明で色をつけたりするのもよくない。見ているものを楽しませようとする工夫であろうが、あれも、噴水ふんすいの真に噴水ふんすいたるものを見えにくくさせる。噴水ふんすいは、ただ水を噴き上げふ あ ていればいいのである。

(別役実『都市の鑑賞かんしょう法』による。サレジオ学院中)
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a 長文 9.3週 hi
 世界じゅう、どこに行っても日本人の旅行者たちは、身のまわりに、「日本」をもって動き回る。食べものも飲みものも言語も、ことごとく日本のもの――それにとりかこまれていないとなかなか安心できないのである。旅行者たちをとりかこむ小さな「日本」、あるいは、彼らかれ が持ち歩く「日本」、それを、わたしは「文化的カプセル」と名づける。日本人は、日本文化を微分びぶん化した小さなカプセルの中に入って、そこではじめて、安心するのである。日本航空の客室は、そうしたカプセルのひとつであり、また日本人専用せんようのホテルや観光バスもそれぞれに、「文化的カプセル」である。その中に入っているかぎり、目にみえない文化の皮膜ひまくのようなものが、日本人を外界から遮断しゃだんしてくれるのである。そして、その皮膜ひまくの中から日本人はほとんど足をふみ出そうとしない。もちろん、人間というものは、おしなべて保守的な存在そんざいであって、自分にとってなじみのある世界から離れるはな  ことを非常に嫌うきら 習性がある。じっさい、日本の観光客が「日本」にすっぽりとつつまれていることを批判ひはんするアメリカ人だって、みずからが外国旅行に出かけるときには、アメリカ文化の皮膜ひまくを身のまわりに張りめぐらしているではないか。彼らかれ は、アメリカの航空会社の飛行機にのり、世界の主要都市につくられたアメリカ資本のホテルに泊りとま 、そして、食事といえばアメリカ風ハンバーガーだの、ステーキだのに安住する。文化的カプセルは日本だけの特産品なのではない。アメリカ人だって、フランス人だって、それぞれの文化的カプセルにつつまれて生活するのが快適なのだ。そもそも「文化」というのは、そういう性質のものなのである。日本人だけが「文化」の皮膜ひまくにかこまれていると考えるのは、まちがいだ。
 しかし、おそらくひとつ問題として残るのは、その皮膜ひまくの強度の問題であろう。そしてわたしのみるところでは、日本人の場合、とりわけその「文化的カプセル」の外皮膜ひまくは、かなり強く、それを内がわから破ることを日本人はあまりしたことがないように思えるのだ。
 ある年のお正月にも日本から一万人以上の観光客がハワイにやってきた。そんなにたくさんの日本人が一度に来たのは、ハワイにとってはじめてのことであったから、ハワイ州の観光局は、観光客
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歓迎かんげいして特別のプログラムを組んだ。すなわち、ホノルルの市民に呼びかけよ   て、日本の人たちを家庭に招きましょう、という「家庭訪問ほうもん」プログラムをつくったのである。じっさいハワイのホテルに宿泊しゅくはくし、観光バスに乗っているだけでは、ハワイ生活、あるいはアメリカ生活というのはわからない。相互そうごの理解を深めるためには家庭に招くのがいちばんよろしい。招くといってもせいぜい一時間か二時間、お茶でもさしあげましょう、といった程度の、きわめて気楽で簡単かんたんなご招待だ。大変結構なアイデアである。このプログラムはホノルルの新聞でもくわしく伝えられた。そして、数千人の市民たちが、ぜひ日本からのお客をもてなしたい、と申し出た。観光局はそのリストを整理して観光客を待ち受けた。そして次から次へと到着とうちゃくする日本人旅行者に、どうぞハワイの家庭を訪ねたず てください、とさそったのである。
 ところが、驚くおどろ べきことが起こった。この一万余の日本人が、ことごとく尻ごみしり  したのである。関心を示さないのである。結局のところ、この「家庭訪問ほうもん」プログラムに応じてホノルルの家庭を訪ねたず た日本人は、たった六人であった。観光局が準備した歓迎かんげい計画は、完全に失敗した。
 しかし、もしこれと同じようなことを、事態を逆転して考えてみるとどういうことになるだろうか。つまり、アメリカから日本への観光客に、日本の家庭を訪ねたず てみませんか、とさそってみたら、どういう結果になるだろうか。わたしの観測では、多くのアメリカ人は身をのり出して、ぜひ訪問ほうもんしてみたい、と好奇こうきの目を光らせるにちがいないのである。外国に出かけたのだからその土地の人と知り合いになってみるのはおもしろいことだ。いったいどんな家で、どんなふうにこの人たちは暮らしく  ているのだろう――そういう好奇こうき心が西洋人の心の中に芽生えるのである。
 
 (富士見中)
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a 長文 9.4週 hi
 日本人は笑わないなどと言えば、すこし大げさになりますが、少なくも、日本人は表情にとぼしい、心の中の感情を顔や動作に表さない、ということは、よく言われることです。なるほど言われてみれば、そのとおりです。日本人はいつもお能の面のように、表情のない顔をしている、と言った人もいます。
 また日本人は戦争が好きだ、命を捨てるす  ことをなんとも思っていない、ということも、世界中で評判になっています。そして古くは、ハラキリ、近ごろでは、カミカゼというような日本語が、ひろく外国にまで伝えられているほどです。(中略)
 あまりありがたくない評判ばかりならべましたが、実はうれしい評判だってあるのです。たとえば、日本人は勤勉きんべんだ、朝早くから夜おそくまでよく働く、ともいわれています。また、日本人はとてもきれい好きだとか、がまんづよい、どんな苦しいことでも、歯をくいしばってよくがまんするとか、日本人は手先が器用で、りっぱな美しいものを生み出すとか、いろいろなことをいわれているのです。それがわたしたちにとって、ほんとうによろこんでいいことなのかどうかということは、よく判断してみなくてはなりません。しかし世界の人たちの目には、日本人がそういう姿すがたで、うつっているのです。
 日本の文化について、ある外国人が、次のように書いているのを読んだことがあります。
 日本は二階建ての家で、二階には西洋式の生活や風俗ふうぞくや文化が、なにからなにまでそろっている。また一階にはむかしながらの生活や風俗ふうぞく、日本式の文化がそのまま残っている。しかし、ふしぎなことは、その一階と二階とを結ぶ階段かいだんがみあたらないことである。――と、そういうたとえを引いて日本の文化の姿すがた批評ひひょうしているのです。このたとえも、たしかにおもしろいと思います。わたしたちの生活のまわりを見渡しみわた ても、たとえば洋服と和服(着物)、くつとげた、いすの生活とたたみ暮らしく  、洋食と日本料理、西洋画と日本画、西洋音楽と日本音楽、――といったように、一方では日本にむかしから伝わっているものがよろこばれています。町を歩いてみても、ヨーロッパやアメリカの町にくらべて少しもおとらない、りっぱなビルディングが立ちならび、電車や自動車がめまぐるしく走っている。ところが、その町の中にも、のれんをかけ、店さきにたたみ
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をしいた、むかしふうのお店があるし、白壁しらかべ土蔵どぞうも見られるし、また神社の鳥居がたっていたり、お寺のあたりからお線香せんこう煙りけむ がにおってきたりする。きれいな訪問ほうもん着に着飾っきかざ たむすめさんが、デラックスな自動車から降りお ても、わたしたちはあたりまえのこととしてふしぎに思いませんが、外国人の目から見ると、ずいぶんめずらしいことなのでしょう。それと同じことで、よくおすし屋や、おそば屋などの店さきに、テレビが置いてあって、そのそばに、酉の市とり いちで買ってきた大きなくまでが掛かっか  ていたりする、そんな風景も、外国人にはふしぎでたまらないようです。
 一九五七年に日本を訪れおとず たソビエトの作家エレンブルグは、次のように書いています。
「日本は、外から来るものをおどろかせる。最初にめにうつるすべてのものが、ひどく矛盾むじゅんしているように思われる。電化された汽車、いすのの角度を自由に調節できる、乗り心地のよい車室、そこには食堂もついている。給仕のむすめがかおりの高いコーヒーを運んでくれる。着物姿すがたのふたりの日本のむすめが手文庫に似た小さな箱を開けて、生魚やほした昆布こんぶをつめ合わせたお米の弁当を食べている。食事がおわると、本をとり出す。ひとりはサルトル(フランスの作家)の小説を手にしているし、もうひとりは家政の教科書を読んでいる。こんな光景を見ていると、自分がいったい世界のどこにいるのか、アジアにいるのか、ヨーロッパにいるのか、アメリカにいるのか、わからなくなる。しかも古い時代、新しい時代、さまざまな世紀がからみ合っているのだ。
 日本では、どの日本人も一日のうち何時間はヨーロッパ的な、またはアメリカ的な生活を送り、また何時間かはむかしながらの日本の生活を送っている。日本人のなかには、たがいに異なること  二つの世界がいっしょに存在そんざいしている。」
 わたしたちは日ごろ見なれていて、なんとも思わないことが、外国人の目にはこのようにうつっているのです。

 (岡田おかだ章雄あきお「日本人のこころ」)
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