長文集  7月3週  ★わたしは四歳のときに(感)  hi2-07-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】わたしは四歳のときに小児マヒにか
かった。幸い重症ではなかったが、それでも
左足にマヒが残っているのでびっこを引いて
いる。わたしを形成した最大の先生はこの足
だと思っている。
 【2】そのため、さまざまなことを味わっ
てきたが、わたしに限らず、身障者にとって
いちばんの願いはできるなら自分が不具(身
体が不自由なこと)であることを、相手が心
の底から忘れてくれることである。ごくふつ
うの人間として扱ってくれることである。
 【3】いつだったか、わたしは電車のなか
で青年から席を譲られたことがあった。かれ
は立上がるとわたしの顔を見ながら、はっき
りした声で「おすわりなさい。あなた足が悪
いんでしょう」といったのである。【4】か
れの善意、親切はわかったが、わたしはその
時、いささか憂うつであった。
 反対に一つの席をねらってお互いにダッシ
ュする時がある。これは勝っても負けてもう
れしいのである。相手はわたしを一人前の相
手と認めているのだから。
 【5】群馬県の高崎に心身障害者のための
国立コロニーができるということである。コ
ロニーとは、いわば、障害のために、社会的
・職業的に一人だちできない、そういう人間
が日々を生きていくための村とでもいうべき
ものである。
 【6】今の社会の現状では、実際問題とし
て、このようなコロニーはなくてはならない
だろう。
 そのことは認めた上でのことなのだが、わ
たしにはひとつの気がかりがある。【7】そ
れは、この種の構想が社会にとってあまり有
用でないものをまとめて「隔離」する、とい
うような気持とどこかで関係がなければいい
が、ということである。
 それは、おそらくひねくれた見方であろう
。【8】しかし、実際の生活のなかでそのよ
うな差別意識が生きていることもまた事実で
ある。精神に障害のない肢体(手足または身
体)不自由な者などの場合、そのような厄介
者意識・差別意識と出会うことの苦悩はひと
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しお大きい。
 【9】たとえば社会復帰の不可能なもの、
ということであるが、これ∵は要するにおカ
ネを自分でかせいで自活できないもの、とい
う意味であろう。そして確かに、現状では自
分で働けないものは、家庭の世話になって生
きるか、このような施設にはいるよりないの
である。
 【0】しかし、では人間の価値というもの
は何であろう。今のわたしたちが生きている
社会の基準では、それは、働いておかねがか
せげるかどうか、役立つかどうかということ
にかかっているように思われる。だから、か
りに、身障者のある人が非常にすぐれた知力
を持っていたとしても、かれが、労働能力を
持っていなければやはり厄介者であろう。
 わたしは正直いって、そういう事実を悲し
く思う。人間として立派に一人前のものを持
っているのに、これらの人々の場合には、そ
れを認めるだけの余裕が社会の側にないので
ある。だから社会はかれらを施設へ収容しな
ければならない、またかれらも施設を避難港
として考える、ということになるのであろう

 労働能力や外見が事実上人間の価値をきめ
る――これは、この社会が物質的・精神的に
貧しいことにほかならない。そして真に豊か
な社会が来、あらゆる問題が解決するまで、
ほんとうの解決はこないであろう。

(三木 卓(たく)の文章より)