長文集  7月4週  ○サルは集団で  hi2-07-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/15 17:01:39
 【1】サルは集団で暮らしている。ストレ
スが溜まる。そこで彼らが編み出した方法と
いうのが、グルーミングというものだ。お互
いの毛づくろいをする。
 【2】衛生的な目的であれば、グルーミン
グしている時間と身体の大きさが正比例する
はずなのだが、そうではなく、社会的なグル
ープの大きさと時間とが比例するという。つ
まり、複雑で大きな集団になればなるほど、
グルーミングの時間が増える。
 【3】しかもグルーミングの相手は無差別
ではない。特定の相手とのみ、おこなわれる
。グルーミングは社会的に仲良くなろうとす
る行為であるのだ。親子同士はもちろんだが
、仲間内の、特定の相手が選ばれて、グルー
ミングをする。【4】いわば親しい友人であ
る。そして近くにこの友人がいるときほど、
特に仲間のために警戒音を発したり、餌を見
つけたよという合図をおこなうことが多いと
いう。つまり、利他的な行為は、ふだんのグ
ルーミングによる付き合いの結果なのだ。
 【5】グルーミングによって親しい友人が
増やせるし、生きていくのも簡単になるのな
ら、なるべく多くのグルーミング相手がいた
ほうがいい。しかし、このグルーミングの相
手になる数は限られている。グルーミングは
一対一でしかおこなわれない。【6】しかも
一日のうち、四十パーセントの時間をグルー
ミングに費やすということも観察されている
。小さな集団であれば、それで充分なのだ 
が、より強大になろうとし、より大きな集団
を作ろうとしたとき、グルーミングでは間に
合わなくなってくる。【7】そこで、音声に
よる友人作り、つまり言語が始まったのだ、
というのがダンバーの説である。言語によっ
て、グルーミングと同じように、友だちを増
やしている。【8】つまり、ことばが、情報
のやり取りではなく、仲良くなるという目的
で使われている。
 小田は、コンタクト・コールという特定の
相手との音声の呼び交わしが、かなり原始的
なサルにも見られると報告している。【9】
コンタクト・コールは、移動中などにお互い
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の位置を教えあうためにおこなわれると考え
られているものだが、特定の相手と頻繁にお
こなわれることから、やはり、集団を維持す
るためにおこなわれると考えられる。【0】
グルーミングの補助的役割を果たしていると
考えられ、これが私たちの日常会話の原型な
のではないかという。∵
 グルーミングにせよ、コンタクト・コール
にせよ、お互いが仲良くなるための手段とし
て使われている。異性間に限られない。また
家族間にも限られない。そこで伝えられてい
るものは、たぶん、隣人愛と呼ばれるものの
最も原初的なものなのではなかろうか。
 人間以前のことばが隣人愛を伝えていると
すれば、これは、ファティックであると言え
る。繁殖期になって、オスがメスを呼ぶ。そ
れが、愛であるのならば、お互いの共同生活
を作るものならば、ファティックと言える。
 外敵から身を守るために集団で暮らすこと
を選んだ人間の先祖たちは、その集団のまと
まりを維持するために、ことばを使い始め、
そうして社会を形成した、という考えなのだ

 今まで、ことばの起源は、動物の発する相
手に対する威嚇の声や逃げるときの悲鳴など
が初めにあって、それらが、今あることばの
働きかけの機能、自己表出の機能になったと
考えられてきた。働きかけは、相手に何かを
頼んだりすること、自己表出は、自分の気持
ちを表現すること。これらがことばの最も原
初的な働きであり、それがすなわちコミュニ
ケーションであると考えられてきたフシがあ
る。しかし、そうした働きは、ことばの一面
を言っているにすぎない。
 ことばはコミュニケーションの道具である
、とよく言う。しか し、ことばは情報伝達
の道具というだけではすまされない。ことば
の起源の現場を見た人はどこにもいないのだ
から、あくまでも仮説にすぎないけれど、こ
とばがお互いが仲良くするという目的のため
に生まれたのだという考えは、ちょっと魅力
的だと思う。

(金田一秀穂()『新しい日本語の予習法』
(角川oneテーマ二十一))