長文集  9月1週  ○『学校の怪談』(感)  hi2-09-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/14 15:04:12
 【1】『学校の怪談』という本がかくれた
ベストセラーと言っていいほど、よく売れて
いるそうである。どこかの教室に幽霊が居 
た、というようなよくある話が書かれている
ようだが、これが意外と子どもたちに人気が
あり、おどろくほどの売れゆきを示している
と言う。
 【2】ある幼稚園の先生に次のような相談
をされたことがある。子どもたちが話をして
くれ、とよくせがむので、むかし話など自分
が覚えている話をしてやると、子どもたちは
非常に喜ぶ。【3】テレビのアニメなどで、
もっとおもしろい話を見ていると思うのだ 
が、先生の話を予想外に喜んで聞く。そして
、そのなかで魔女が出てきたりするところな
ど、こわいところがあると、「こわい」とさ
けんで耳を手でふさいだり、となりの子ども
にしがみついたりしている。【4】これはよ
くなかったかな、と思っていると、子どもた
ちが、「先生、あのこわい話をして」とせが
むのである。
 先生が疑問に思われるのは、「どうして、
子どもは『こわい、こわい』とさわぎながら
、何度も聞きたがるのでしょう」ということ
である。【5】そして、そもそも子どもにそ
れほどこわい話をしていいものだろうか、と
いうことである。子どもたちは何度も同じ話
を聞いて、こわいところはもうすでに知って
いる。そして、それを心待ちしているように
さえ見えるが、そこに話がくると、「キャ 
ー」とさけんだりする。【6】何とも不思議
な現象だ、と先生はいぶかしがられるのであ
る。
 人間にはいろいろな感情がある。喜怒哀楽
などというが、それはもっとこまかく分けら
れる。【7】その感情を体験し、自分がその
ような感情のなかにいるということを意識す
るのは、六歳くらいまでの子どもでも可能で
あり、それを体験することは子どもの情緒の
発達にとって非常に大切なことである。
 【8】ただ、悲しみや怒りなどの感情があ
まりに強いときは、子どもがそれにたえられ
ず、情緒の発達というより、むしろ破壊的な
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結果になってしまう。【9】その上、親とし
ては、子どもに悲しみや恐怖などはなるべく
味わわせたくない気持ちがあるので、そのよ
うな体験をさせないようにする。しかし、こ
のあたりが難しいところで、子どもが十分に
育ってゆくためには、そのような否定的な感
情を体験することも必要なのである。∵
 【0】子どもの心が自然に流れるかぎり、
「こわい」感情体験もしたくなるのは当然で
ある。そのようなマイナスの感情を体験して
こそ感情が豊かになってゆくのだ。しかし、
マイナスの感情が強くなりすぎると危険性が
高くなる。そこで、子どもたちの信頼する大
人にこわい話をしてもらうことは、信頼関係
によってマイナスの感情を消しながら、「こ
わい」体験ができる──時にはそれを楽しめ
る──というわけで、これは子どもにとって
非常に好都合の状況なのである。したがって
、子どもは自分の好きな大人にこわい話をせ
がむことになる。
 このように考えると、子どもたちにこわい
話をしてとせがまれるのは自分が子どもたち
に信頼されていることの証拠だとわかるし、
喜んでそれに応じてやればよい。こんな話は
「教訓的」ではないとか、こわい話ならもっ
とすごいのがテレビでも映画でもあるのに、
などと余計なことを考える必要はないのであ
る。これは特に、おじいさん、おばあさんな
どが、自分のような「古くさい」話はだめだ
と勝手にきめてかかっているのに対しても言
えることである。古くてもいいから思い切っ
て「おはなし」してみることである。
 子どもたちはこんなわけで「こわい話」を
自分たちの好きな大人にしてほしいのだが、
そんな機会は急激に少なくなってしまった。
そこで、『学校の怪談』などという本を読ん
で楽しむより仕方なくなってきたものと思わ
れる。心細い思いで子どもたちに一人で「こ
わい」体験をさせるのではなく、この際、大
人たちはもう少し子どもに「おはなし」する
機会をつくるようにしてはどうだろうか。

(河合隼雄「おはなし おはなし」による)