長文集  9月3週  ★実は私にもまったく同じ経験が(感)  hi2-09-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】実は私にもまったく同じ経験があっ
たのである。それは四国の山々をヘリコプタ
ーで視察したときのことであった。四国は日
本有数の地すべり地帯である。【2】吉野川
の上流や仁淀川の流域など、近寄ることもむ
つかしいような山崩れ地帯が至るところにあ
って、しばしば大水害を起こしている。【3
】そうした自然の脅威とたたかいながら過疎
の山村の人たちが、治山、砂防にとり組んで
いる様子を空から調査する、二日間のフライ
トであったが、その帰りのことであった。【
4】四月末であった。ヘリコプターが山の斜
面にそって高度を下げ、高知の空港へ向かっ
ている。そのとき眼下に広がって見えたのは
、山の斜面も平野も波打ちぎわに至るまで、
一面の水、水、水。折から午前の太陽を反射
して、大地はことごとく鏡を張ったようであ
った。【5】土佐特有のこの美しい風景は空
からでなくとも望めるので、是非皆さんにも
おすすめしたいが、以来私は以前にも増して
、「水田はダム」との確信をもつようになっ
た。以前にも増してお米の大切さを訴えるよ
うになった。【6】テレビのそのディレクタ
ーも私も、「水」という一点に視点をあわせ
てみれば、はたと思い当る風景は、同じだっ
たのである。
 【7】ところでその水田地帯を歩くばあい
、私は次のような見かたをする。まず用水の
施設を見る。かつてのあの「ふるさとの小 
川」ののどかな風景は、いまではなくなって
しまったけれど、ともかくも用水の水路や堰
など水の施設を見る。【8】水路が放置さ 
れ、雑草が茂っていたり、ふちが欠けていた
り、水面がゴミだらけだったりすると、「あ
あ、ここの農民はやる気がないな」と悲しく
なり、逆に水路の手入れが行きとどいていれ
ば、「この困難な時代に、がんばってるなあ
」と、うれしくなる。【9】日本の農業と水
とはまさにそうした関係にある。
 同じようにして山を見るばあいには、つぎ
のように見る。金色の稲穂波うつその水田風
景が、平野から山すそへ、沢あいの段々畑へ
とはい上がっているようなばあいには、ひょ
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いと上を見れば山もまた、まがりなりにも森
林が守られている。【0】その逆に、昔の谷
地田∵が放置され、雑草におおわれているよ
うなばあいには、ひょいと山を見上げれば、
山もまた放置され、荒れている。日本の山は
米が作っているからである。
 その理由はこうである。日本列島の森林を
支えている林業。その林業は独立しては成り
立ちにくい産業である。自分の植えた木は自
分の生きている間は伐れず、孫子の代でなけ
れば収入にならないからだ。山村の人たちは
、沢あいの段々畑の、その農作業の合間を見
て山に入った。炭焼きも植林も農業と一体で
あった。山村で農業がやって行けないようで
、どうして林業がやって行けるだろう。それ
ゆえ私は常にこういいつづけてきたものであ
った。日本の森林は米のもと、水も土も作っ
てきた。でもその森林を作ったのは米であっ
た、と。
 いま、緑、緑と世間も専門家もかけ声ばか
りはにぎやかである。けれども日本の農業を
どの方向にもっていくべきかという、そんな
ところにまで眼をすえて、緑を語ろうとする
者は残念ながら、いない。せめて読者の皆さ
んだけは、風景を見る眼が変わってきて下さ
ると、私は思っている。