長文集  9月4週  ○茶道や武道の世界には  hi2-09-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/15 17:01:39
 【1】茶道や武道の世界には、「守・破・
離(り)」という教えがあります。これはそ
の人のレベルに応じて、それぞれの段階でど
のようなことを実践すべきかを示したもので
す。【2】三つの段階を簡単に説明しておく
と、「守」は決まった作法や型を守る段階、
次の「破」はその状態を破って作法や型を自
分なりに改良する段 階、そして、最後の「
離(り)」は作法や型を離れて独自の世界を
開く段階です。
 【3】一般的には、すべての学習は真似か
ら始まります。手本に従ってそれと同じよう
にすることを求められるのです。これがまさ
に「守」です。
 決められていることを生真面目に守るこの
段階は、繰り返しも多く非常に面倒だし、な
によりもやっているほうは面白くもなんとも
ありません。【4】そのためそこで我(が)
を通して自己流でいきたがる人がいます。し
かし、自分の土台をつくるためには、素直に
手本を真似るほうが結果として早く進歩する
ことができます。
 【5】実際、初期の段階で我慢して手本の
真似を徹底的に繰り返していると、そのうち
に手本と同じようにやることの意義や、手本
から外れたときに生じるデメリットが理解で
きるようになります。【6】ここまでくると
「強制されて仕方なく守っている」というよ
り、「自ら望んで守っている」という状態に
なります。やっていることの内容や価値を自
分なりに理解しているので、自分の意思で率
先して手本を守るようになるのです。
 【7】ところで、世の中にはこの状態で満
足してしまう人がたくさんいます。そのよう
な人は、当然のことながらそれ以上の進歩は
ありません。
 本当に楽しいのはここからです。【8】こ
の段階まで来た人は、自分で創意工夫をしな
がらいろいろなことが試せるようになりま 
す。内容を理解しているため、従来の方法よ
りもっといい方法はないかと自分で探すこと
ができるからで、そのような能力があるのに
何もしないのはもったいないことです。
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 【9】そして、この状態がまさに作法や型
を破る「破」の段階です。基本的には、作法
や型を手に入れて、そこからさらに出ようと
意識して行動した人だけが進歩を続けられる
のです。【0】もちろん、この∵ときの試行
錯誤はしっかりとした経験と根拠に基づくも
のなので、初心者があてずっぽうで行動する
のとはまったく違います。決められた道から
外れても、それによって致命的な失敗を犯す
危険性は極めて低いし、むしろこのときの行
動はより効率的で合理的な方法の創出につな
がる可能性も大です。
 従来の作法や型を破るというのは、悪いこ
とのように思えます。しかし、変化のあまり
ない業界ではともかく、現実の世界ではその
ようにしなければいけない場合は意外にたく
さんあります。
 それは時代の変化とともに、周囲の条件の
変化も必ず起こっているからです。こうした
場合は従来の作法や型をそのまま使うことに
無理が生じるわけですから、それに合わせて
作法や型を変えていくのはむしろ当然といっ
てもいいでしょう。何より条件が変わってい
るのに従来の作法や型をそのまま使い続けて
いることのほうが、問題であり危険なことな
のです。
 いずれにしても、このような試行錯誤を何
度も繰り返した人は、理解と経験に基づいて
これまでとはまったく別のものを自分の力で
新たに生み出すことができます。これが最後
の「離(り)」の意味です。このレベルにあ
る人は、従来の技術やシステムを常に効率よ
く運用できるだけでなく、制約条件の変化や
外部からの新たな要求に合わせて全体をつく
り変えることもできます。それゆえ「離( 
り)」に到達した人は「優れた創造力の持ち
主」とされているのです。

(畑村洋太郎()『組織を強くする 技術の
伝え方』(講談社)より)