1. 【1】色づいたカキは日本の秋を
彩る風物詩です。カキこそは千年にもわたって日本人と共にあり、
幾多の詩歌に
詠まれてきた
郷愁の果物といえます。ガキ
大将に率いられたカキ
泥棒の思い出を持つ読者も多いことでしょう。
2. 【2】カキは中国で生まれ日本で大きく
発展した果物で、また、日本名のままで世界に通用する数少ない果物でもあります。かつて農家の庭先には必ずカキの
巨木がありました。とくに
干し柿は歴史的に重要な
甘味資源でした。【3】「
菓子」という字も元はといえば「
柿子」に由来しています。また、
柿はビタミンCを格別にたくさん
含む果物です。それはリンゴの二十三倍、温州ミカンの二倍にも達し、長年にわたって日本人の
貴重なビタミンCの
供給源となってきました。
3. 【4】日本でカキの
栽培史は、八世紀ごろまでさかのぼることができます。
江戸時代になると
渋抜き法の発達もあって、カキは全国の「庭先」に
普及し、さまざまな地方品種が生み出され、そうした時代が長く続きました。
4. (中略)
5. 【5】大正期までカキは日本の果物の
王座に
君臨していました。が、やがてその
座は、新興のミカンとリンゴに
奪われ、最近では食の多様化の中で、生産量はナシにも後れを取っています。【6】しかし、実態のつかみにくい「庭先
果樹」としては、今もカキの右に出るものはありません。カキは千年の時を
越えて、今なおただで食べられる日本最大の果物なのです。
6. 【7】日本での
伸び悩みとは逆に、カキは外国から注目され、新たな世界果実への道を歩き始めています。特に日本とは季節が逆になるニュージーランドでは、時期はずれの日本への逆輸出まで行いつつあります。
7. 【8】幸か不幸か、カキは早生品種の開発が
難しく、また「
桃栗三年柿八年」といわれるように、育種に時間がかかり、その作期は今も昔もあまり変わっていません。【9】寒い夜に
鐘の音でも聞き∵ながら食べるのが似つかわしい、昔ながらの季節を感じさせてくれる果物です。この日本古来の秋の味覚が、南半球育ちの参入によって、初夏の味覚に
変貌しないとも限らない昨今です。
8. 【0】さて、周知のようにカキには
甘ガキと
渋ガキとがあります。昔の悪童たちは、どこの家のカキが
甘いか
渋いかを経験的に知っていました。カキの
渋みの本体は
特殊なタンニン
細胞に
含まれるタンニンです。カキが
未熟のころは水(
果汁)に
溶ける性質があって
渋く、
成熟にしたがって自然に水に
溶けない性質に変わって黒い「ゴマ」になり、
渋みがなくなります。
甘ガキでは
成熟するまでにそうした変化が
完了しますので、
収穫したカキをすぐに食べることができます。しかし、
渋ガキでは
成熟しても
可溶性タンニンが残り、
収穫後に
人為的な
渋抜きが必要になります。
9.
甘ガキの品種も多いのに、そんな手間をかけてまで
渋ガキにこだわるのは、とろけるような肉質が
甘ガキでは遠く
及ばない上に、寒冷地では
甘ガキも温度不足で
渋が
抜けず、
甘ガキの産地が
暖地に限られているためです。(中略)
10. カキはなぜ
渋いのか? あたり前のことのように思えますが、その生物学的な意味についてはこれまで追求されたことがほとんどなかったようです。
11.
渋ガキの
渋もいわゆる「
熟しガキ」になるまで木の上に置いておけば
抜けます。しかし
渋いうちは鳥もタヌキも手を出しません。
渋は無用な時期に果実が動物に食われるのを防ぐ、「適応」的な意味を持っていると思います。果実が赤く
完熟してタネが
充実し、
渋みのなくなる「
熟しガキ」の時期こそが、動物たちの食べたい気持ちと、タネを運んでほしいカキの思いとが
一致する時なのでしょう。こうした、
渋を
抜いてまで
若いカキを食べてしまうヒトの出現は、カキの進化にとって
勘定外のことだったに
違いありません。
12. (『果物はどうして
創られたか』梅谷
献二・
梶浦一郎)