長文集  11月2週  ★私たちは長い間、木綿と(感)  hu-11-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】私たちは長い間、木綿と木の中で暮
らしてきた。だが明治以降それを捨てて、新
しいものへ、新しいものへと人工材料を追い
かけてきた。
 (中略)
 【2】今、千三百年たった法隆寺のヒノキ
の柱と新しいヒノキの柱とではどちらが強い
かときかれたら、それは新しいほうさ、と答
えるにちがいない。【3】だが、その答えは
正しくない。なぜならヒノキは、切られてか
ら二、三百年の間は、強さや剛性がじわじわ
と増して二、三割も上昇し、その時期を過ぎ
て後、ゆるやかに下降する。【4】その下が
りカーブのところに法隆寺の柱が位置してい
て、新しい柱とほぼ同じくらいの強さになっ
ているからである。つまり、木は切られた時
に第一の生を断つが、建築の用材として使わ
れると再び第二の生が始まって、その後、何
百年もの長い歳月を生き続ける力をもってい
るのである。
 【5】バイオリンは、古くなるほど音がさ
えるというが、それもこの材質の変化で説明
できる。用材の剛性が増すとともに、音色が
よくなるのである。【6】したがって、音色
がよくなるのはある時期までで、その後はし
だいに元にもどっていくだろうことも想像に
難くない。
 ところで、その名人によると、ヒノキでつ
くったバイオリンは、どうしても和風の響き
がするというのである。【7】もともとバイ
オリンは、トウヒとカエデを組み合わせてで
きたものである。使用する樹種(じゅしゅ)
も形も、十六世紀後半に定まり、それ以後、
近代科学の改良案もほとんど寄せつけないほ
どに完成した、手工芸の結晶である。【8】
ほかの樹種(じゅしゅ)に置き換えるのが難
しいことはよくわかる。だが、ヒノキのバイ
オリンは和風の響きがするというのはおもし
ろい。
 木は同じ種類のものでも、産地により立地
によって、材質が少しずつ違う。【9】それ
は、物理的、化学的な試験によっても証明で
きないほどの微妙な差であるが、市場では長
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い経験によってそれぞれを区別し、値段も取
り扱いも違っている。例えば、ヒノキの中で
は木曾産のものが最高級だ、といったような
評価である。∵
 【0】また、木はそれが生育した土地で使
われたとき、いちばんしっくりとして長持ち
するということも、木に詳しい人たちのよく
知るところである。これは木のもつ風土性と
でもいうべきもので、どこか食べ物の話に似
ている。その土地でとれた素材を使い、伝統
の調理法でつくった料理がいちばんうまい、
というのと同じような意味あいである。
 ヒノキの属には世界に六つの種があるが、
なかでも日本のヒノキは材としての風格が一
段と高い。だからこそ白木造りの建築が生ま
れたのであるが、それは日本という風土の中
に置かれたときが最もふさわしく、また性能
も発揮する。つきつめていえば、木曾のヒノ
キは木曾で使われたとき、奈良のヒノキは奈
良で使われたときが、いちばんしっくりする
ということになるだろう。
 私たちは、機械文明の恩恵の中で、工学的
な考え方に信頼を置くあまり、数量的に証明
できるものにのみ真理があり、それだけが正
しいと信じすぎてきたきらいがあった。だが
、自然がつくったものは、木のように原始的
で素朴な材料であっても、コンピューターで
は解明できない側面をもっているのである。

 (小原二郎『日本人と木の文化』による)