長文集  3月2週  ○ふと気がついたとき(感)  ke-03-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/12/14 17:20:12
 【1】ふと気がついたとき、しっかりと、
手にもってきたふろしきづつみが、ぬれてい
るのです。くすりをつつんできた、あのふろ
しきづつみです。
 はっとして、雪の道にうずくまると、つつ
みをといてみました。【2】水ぐすりがこぼ
れて、三分の一ぐらいへっているのです。こ
なぐすりのふくろは、べったりとぬれて、茶
いろのしみをつくっていました。コルクのせ
んが、ゆるんでいたのです。ほてっていたか
らだじゅうのあせが、つめたくなるほど、び
っくりしました。
 【3】そのくすり代がいくらだったか、い
まはおもいだせませんが、わがやのくらしの
中で、それは、たいへんなお金だったことだ
けは、たしかです。けんこうほけんなどはな
かった、ずっとむかしのはなしです。
 どうしたら、よかっぺか――
 【4】わたしは、雪の上に、べったりと、
すわりこんでしまいました。
 このまま家へかえったら、母がどんなにが
っかりするか……、うんとしかられることは
、わかりきっています。もう一どもどってく
すりをもらうには、お金がありません。【5
】五年生だったわたしには、どうしたらいい
のか、わかりませんでした。
 そのとき、小さな水の音がきこえてきまし
た。道ばたの石がきのあいだから、ちょろち
ょろとながれでている、わき水の音です。学
校のいきかえりに、きまってのんでいく水で
した。【6】だれがもってくるのか、みじか
い青竹が、かけひのようにさしこんでありま
した。青竹は、ときどきだれかにひきぬかれ
ます。すると、フキの葉っぱをまるめて、さ
しこんであることもありました。
 わき水は、夏の日のように、ふきだしては
おりません。【7】雨だれのように、ぽつん
、ぽつんと、そこだけ、雪をとかしておちて
いました。
 わたしは、おもわず、まえとうしろを見ま
わしました。ひとっこひとり、あらわれませ
ん。たちあがると、そのかけひの下に、くす
りびんを、あてがっていたのです。∵
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 【8】びんの中のくすりは、うす茶いろに
なりましたが、三日分のその目もりまで、い
っぱいになりました。
 しっかりせんをすると、びんだけをふろし
きにつつみなおし、こなぐすりのふくろは、
ふところのはだのところまで、じかにいれま
した。【9】からだのぬくもりで、すこしで
もかわかそうとしたのです。
 そして、のろのろ、あるきだしました。あ
るきながら、うそのいいわけを、いっしょう
けんめいかんがえていました。
「いってきたよ。」
 わたしは元気のない声で、そうあいさつし
ながら、おもい大戸(おおど)をあけました

 【0】いろりには、火がもえていて、けだ
るそうな顔をして、母はおきていました。
 わたしは、だまって、あがりはなにこしを
おろすと、母のほうにせなかをむけたまま、
ゆっくりと、長ぐつをぬぎました。そのよう
すが、ふだんとはちがうことに、母は気づい
たのでしょう。
「どうかしたんか? 頭でもいてえだか? 
くすりは、もらえたんか?」
と、やつぎばやに、ききました。
「もらってきたけえど……。いしゃどんから
でたとこの水ったまりへおとしちまって……
。」
 わたしは、ふところからぬれたこなぐすり
をだすと、いろりばたからはとおい、あがり
はなのいたのまに、ひざをついてなきだした
のです。
 道みち、かんがえてきたうそのいいわけを
、とうとういってしまったじぶんが、こわく
なっていたのかもしれません。
「ぬれたぐれえ、かわかせばすむこった。あ
っち(心配)はねえ。こんだっから、気いつ
けるだよ。」
 ないているわたしが、かわいそうだったの
か、母は、やさしくそういっただけで、ぬれ
たくすりぶくろを、かわかすように、いろり
のすみにおきました。
 色のうすくなった水ぐすりは、いつもいれ
ておく戸だなへ、じぶんでそっとしまいまし
た。∵
 さむいけれど、母とむきあって、いろりの
火にあたるのは、つらかったので、
「おひるごろっから、頭がいたくってー。」
 そういって、こたつの中へもぐりこみまし
た。
「かぜっけなだっぺあ、かぜにこたつはどく
だぜ、ちゃんとふとんにねて、ひとあせかい
たがいい。」
 むりやり、ふとんにねかされたのでした。
 目をつぶると、
(くすりって、なんの水でつくるのだんべえ
か。くすりの中へ、ただの水をたしてしまっ
て、どくにはならなかっぺえか――。)
 と、つぎつぎ、またしんぱいになりました


「ほらふきうそつきものがたり」『かけひの
水』(宮川ひろ)より