長文集  4月3週  ★いつから世の中が矛盾を(感)  ma-04-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】いつから世の中が矛盾を恐れるよう
になったのか知らないが、頭から悪いものと
決めてかかっている人が多い。白が黒であっ
て、空腹のときはものを食わない、などとい
う話が横行してもはた迷惑であろうが、雨が
降れば天気が悪いといった理に合いすぎた命
題でいっぱいになってもことである。
 【2】どうも、矛盾には、良いものと悪い
ものがあって、嫌われる、いわゆる矛盾は、
良いものを除外して考えているようである。
劇薬には病気を治すものがたくさんあるが、
不用意に使えば命とりになりかねない。【3
】どれもこれも毒として敬遠した方が安全で
ある、というのにいくらか似たところがある

 同じ平面の上を、反対方向から進んで来た
二つの同じ力がぶつかれば、両者は互いに相
殺(そうさい)し合って、運動のエネルギー
は消滅してしまう。避けなくてはならない矛
盾とはこの相殺の論理のことであろう。【4
】数学的に言えば、プラスとマイナスの和で
ある。プラス5とマイナス5を加えるとゼロ
になる。無為無能の状態である。こういう結
果を招くような対立と矛盾がつまらぬもので
あるのははっきりしている。
 【5】こうして、一度、矛盾が不毛だと知
れると、われもわれもと論理性へ走る。かく
して、論理はかくれた信仰の一つにすらなっ
ていると言えそうである。
 論理が前提としているのは、同一次元での
一貫性のある連続である。【6】飛躍はいけ
ない。テーマの錯乱もこまる。一筋に論理の
糸がつながっているのが純粋で、美しいと感
じられる。これなら、対立や撞着もしのびこ
む余地がなくて安心である。
 【7】しかし、このように戦々恐々として
一筋を守らなくては乱れてしまうのであると
したら、いわゆる論理とは何と貧寒なものだ
ろう。論理的一貫性とは、裏返してみれば、
同類同質的なものが猫の子一匹(ぴき)も通
さぬような近接状態で数珠つなぎに並んでい
ることにすぎないではないか。
 【8】人々は、しかし、いわゆる論理なる
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ものが塩の入らぬしるこのように間の抜けた
ものであることを直観で感じてはいる。口に
出し∵て言うのをはばかっているにすぎない
。芸術では、この単純な合理にいろいろと仮
名をつけて、そっとお引き取り願っている。
【9】この平面論理という暴れん坊に踏み込
まれたら、いかなる芸術の花も台なしになっ
てしまうからである。詩における理屈はその
一例であるにすぎない。月並みの句などとい
うことばは、かすかな平面的連続を敏感にか
ぎつけて、それを嫌ったものと見ることがで
きる。【0】

(外山滋比古(とやましげひこ)「省略の文
学」から)
撞着…前後が食い違ってつじつまが合わない
こと