【1】いつから世の中が矛盾を恐れるよう になったのか知らないが、頭から悪いものと 決めてかかっている人が多い。白が黒であっ て、空腹のときはものを食わない、などとい う話が横行してもはた迷惑であろうが、雨が 降れば天気が悪いといった理に合いすぎた命 題でいっぱいになってもことである。 【2】どうも、矛盾には、良いものと悪い ものがあって、嫌われる、いわゆる矛盾は、 良いものを除外して考えているようである。 劇薬には病気を治すものがたくさんあるが、 不用意に使えば命とりになりかねない。【3 】どれもこれも毒として敬遠した方が安全で ある、というのにいくらか似たところがある 。 同じ平面の上を、反対方向から進んで来た 二つの同じ力がぶつかれば、両者は互いに相 殺(そうさい)し合って、運動のエネルギー は消滅してしまう。避けなくてはならない矛 盾とはこの相殺の論理のことであろう。【4 】数学的に言えば、プラスとマイナスの和で ある。プラス5とマイナス5を加えるとゼロ になる。無為無能の状態である。こういう結 果を招くような対立と矛盾がつまらぬもので あるのははっきりしている。 【5】こうして、一度、矛盾が不毛だと知 れると、われもわれもと論理性へ走る。かく して、論理はかくれた信仰の一つにすらなっ ていると言えそうである。 論理が前提としているのは、同一次元での 一貫性のある連続である。【6】飛躍はいけ ない。テーマの錯乱もこまる。一筋に論理の 糸がつながっているのが純粋で、美しいと感 じられる。これなら、対立や撞着もしのびこ む余地がなくて安心である。 【7】しかし、このように戦々恐々として 一筋を守らなくては乱れてしまうのであると したら、いわゆる論理とは何と貧寒なものだ ろう。論理的一貫性とは、裏返してみれば、 同類同質的なものが猫の子一匹(ぴき)も通 さぬような近接状態で数珠つなぎに並んでい ることにすぎないではないか。 【8】人々は、しかし、いわゆる論理なる |
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ものが塩の入らぬしるこのように間の抜けた ものであることを直観で感じてはいる。口に 出し∵て言うのをはばかっているにすぎない 。芸術では、この単純な合理にいろいろと仮 名をつけて、そっとお引き取り願っている。 【9】この平面論理という暴れん坊に踏み込 まれたら、いかなる芸術の花も台なしになっ てしまうからである。詩における理屈はその 一例であるにすぎない。月並みの句などとい うことばは、かすかな平面的連続を敏感にか ぎつけて、それを嫌ったものと見ることがで きる。【0】 (外山滋比古(とやましげひこ)「省略の文 学」から) 撞着…前後が食い違ってつじつまが合わない こと |