1. 【1】生物界の中でヒトという種を
特徴づけてみると、優れた学習能力がほぼ一生にわたって
維持される、ということが第一に挙げられるであろう。
2. 【2】例えば、クジラやライオンのような大型
哺乳類について言えば、クジラは水中生活に便利なように体型が変化しており、またライオンやトラは、筋肉が発達し、
敏捷で、しかも
鋭い牙や
爪を備えている。したがって、ある
環境条件下では
餌を手に入れ、種族を
維持していくことが容易である。【3】反面、これらの大型
哺乳類は、限られた
環境下においてのみ
繁栄しうる。クジラはもはや陸上で生活することはできないし、ライオンやトラは
比較的大きな草食
獣が手に入らなくなったらおしまいである。
3. これに対して、サルの仲間は、そういった身体上の
特徴を持っていない。【4】さらにまた、生まれつきの行動の仕組みが
比較的少なく、加えて雑食性でもあるところから、様々な
環境に適応しうる。いわば、他の大型
哺乳類が
特殊化するという方向で進化してきたのに対し、サルの仲間はむしろ、
環境に対する
柔軟性において進化してきた、ということができるであろう。
4. 【5】したがって、サルの仲間では、経験に基づいて外界についての知識を身に付けることが、個体の生存にとっても、また種の
維持にとってもそれだけ重要になってくる。つまり、サルはもともと学習する種である、と
言い換えることができる。【6】外界についての知識を得ること――それによって、どこが安全か、どのようにしたら食物が手に入るか、などを的確に判断できることが生存のために不可欠なのである。
5. しかし、このような事情は、ヒトにおいてより一層
顕著に認められる。【7】ヒトは他の
類人猿と比べてさえ、生まれつきの行動の仕組みが少ない。このために、チンパンジーの子供とヒトの子供とを
双生児のように育ててみると、初めの数か月間は、むしろヒトの子供の方が知的にも
劣っているという印象を
与えるほどなのである。∵
6. 【8】さらにヒトの場合には、それぞれの個体が自らの直接の経験に基づいて知識を集積するばかりでなく、他の個体の経験を言語などを
媒介とすることによって利用することもできる。つまり、学習が社会的な性格を持つに至っている。【9】ヒトの個体の生存や種族
維持は、それぞれの個体ごとの経験に基づく知識にばかりでなく、文化という形において集積された他の個体の経験を
摂取しうる(自分のものとしうる)ことにも
依存している、とさえ言ってよいであろう。こうして集積された知識がなければ、ヒトはいかにも無力な動物なのである。【0】
7. ここで、学習とか知識とかいう用語が、必ずしも日常的用語と、意味において
一致していないことを注意しておこう。ここでの学習とは、単に学校などでする学習というだけの意味ではなく、様々な経験に基づいて外界についての知識を
獲得することとほぼ同義である。また知識というのも、個別的な事実についての知識(いわゆる断片的な知識に近い)や、判断・実行の手続きについての知識ばかりではない。ここでいう知識は、外界の事物、自分自身、
及びその関係についてのある程度体系だった情報も
含む。ヒトは、このような情報の体系を持つことによって生きのびてきたのだし、また、現在の社会でもこうすることによって初めて有能に行動しうるのである。