長文集  1月2週  ★(感)憧れると同時に  me2-01-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】憧れると同時に相手を侮蔑する。そ
うすることによって人間は生きていくという
ような側面があることは事実だと思います。
 【2】その偏見には、政治的な野心とか、
経済的な願望とか、そういう利害関係ももち
ろんからんでくると同時に、政治や経済や軍
事において逆に優位にある民族や社会に対し
て、劣位におかれていた人が文化的な優越性
をもって相手を見返すということもあるわけ
です。【3】黒人の文化というのは差別の対
象のようにずっと捉えられていた面があるわ
けですが、ブラックパワーと言い出して、生
命力では白人より黒人のほうが強いという主
張を黒人がして白人を見下すこともあるわけ
です。【4】それは、白人の優越感の裏がえ
しでもあります。白人、黒人といったいい方
も乱暴ないい方にはちがいありません。日本
人などは黄色人といわれますが、これも現実
に私たちは黄色ではありません。人間にはさ
まざまに見えるところがあり、肌の色も微妙
にちがう面が多いわけです。【5】現にフラ
ンスでスペイン人に間違われたとか、アメリ
カでメキシコ人として扱われたとか、日本人
と外国でなかなか見てくれないような体験を
する人もいるわけです。白人、黒人、黄色人
といった区別も文化的な偏見の面が強いと思
います。
 【6】異文化に対しては、ささいなことが
拡大されて、オリエンタリズム的なアプロー
チを生み出します。サイードは、学者や小説
家の言説だけではなく、一九世紀イギリスの
政治家の議会演説なども引用しながらそこに
含まれるオリエンタリズムを露(あら)わに
してゆくのですが、【7】日本人のアジアに
対する言説を明治以来拾ってみれば、同じよ
うなことが言えるかもしれません。福沢諭吉
の「脱亜入欧」は近代日本の国家的スローガ
ンにもなりましたが、福沢には強い「アジア
蔑視」があったと安川寿之輔()氏は指摘し
ています。【8】私も以前そのようなことを
述べたことがありま す。無意識的に発言さ
れた言葉が誤解を拡大させて、それが大きな
国際関係まで脅かす可能性があるということ
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です。
 【9】いつも感じることで、日本人はどう
も自己完結的というのか、外来文化を日本文
化の中で消化しようとしてしまう。外から伝
わった文化の要素でもいつのまにか日本文化
になってしまっているということが多く、そ
れで、逆に異文化をあまり意識しないのでは
ない∵でしょうか。【0】異文化に対する憧
れも軽蔑もあるのですが、日常生活の中で異
文化に対する無関心というものが、いかに大
きな誤解とか差別とか、逆に外国での日本に
対する悪感情を生むかということを意識しな
いで行動している場合が多いと思います。
 オリエンタリズムは、オリエントに対する
近代西欧の偏見、偏向というものを、西欧の
オリエント支配の生み出した言説として、サ
イードが告発したところからきているわけで
すが、これまで見てきましたように大きな意
味で異文化に対する偏見を示す象徴的な言葉
として使えると思います。単に西欧対オリエ
ントという形でなく て、日本対アジアとか
、アメリカ対中国や日本というような形でも
使えるし、西ヨーロッパ対日本という形でも
あてはめられると思います。それはアジアや
アフリカのさまざまな地域でも多数派民族か
ら少数派民族を見る場合とか、複雑な異文化
間の状況において使われることでもあるでし
ょう。
 なぜオリエンタリズムの問題がそれほど重
要かといえば、現代は文化と人間の広い交流
の時代だからです。幾度も繰り返しますが、
異文化は常に身近にあるし、常に他者と接触
しつつ人々は生活をしていかなくてはなりま
せん。そのときに、異文化に対してあまりに
も無知であったり、また無知からくる偏見は
大きな困難や摩擦を生み出します。
 異文化理解が重要になった時代に、異文化
へのアプローチに対する警告の言葉として、
「オリエンタリズム」というのは非常に重要
な言葉だということを指摘しておきたいと思
います。

(青木保『異文化理解』より 一部改変した