長文集  1月4週  ○わずか一粒の種から  me2-01-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/12/15 10:10:20
 【1】わずか一粒の種から一万個以上もの
実をつけたトマトの巨木がある。遺伝子組み
換えなどの新しい技術により、このようなト
マトができたのかと想像されるかもしれない
が、そうではない。
 このトマトは、一本の根幹から何千もの枝
が分かれて、トマトの実を結ぶ。【2】最も
多いときで、一万個以上が実るというから確
かにすごい。その秘密は、太陽の光と、水と
空気の恵みを充分に受けて土なしで育てると
ころにある。水中の養分を補えば、根の部分
は水中に浸しておくだけで栽培できるのであ
る。
 【3】つまり、植物がその成長能力を最大
限に発揮する上で、土は不要ということなの
だ。
 むしろ、土に根を生やしているがために、
潜在的な成長能力は一定に押さえつけられて
いる。一万個も実をつけるトマトは、実際、
土とは無縁である。【4】これが、植物の成
長にとって理想的な環境だというのである。
 将来、人類が地球を出て、宇宙で生活する
ためには、このような栽培法が、どうしても
必要となる。この巨大なトマトの木は、生き
物にはまだまだ私たちの知らない、無限とも
言える可能性が秘められていることを、見事
に示した。
 【5】一方、科学用語のひとつに、「最適
規模・最適値」という言葉がある。ある環境
の中の最適な数や量のことで、自然界は、非
常にうまくこの最適規模を守っている。(中
略)
 この観点からすると、一粒の種から一万個
も実をつけるのは本当に良いことなのか。
 【6】個別にその植物だけを取り出して考
えると、問題は解きほぐせない。大地、植物
、光、水、大気という自然界全体の成り立ち
を視野におさめて、初めてひとつの答えが導
き出される。
 【7】植物は、大地に根を生やし、成長し
て実をつける。その樹液や花のみつ、木の実
などを食べて生きる虫や小動物がいる。それ
を食べる動物もいる。死んだ動物は土にもど
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り、微生物によって分解され、植物の養分と
なる。【8】こうして巧みな循環がなされて
いるからこそ、自然界は過不足なく成り立つ
のであって、何処かの連鎖が断たれると、問
題が生じる。
 木を切りすぎると動物もいなくなり、大地
は枯渇して砂漠化す∵る。一粒の種だけが無
際限に繁殖すると、全体が危機に瀕する。
 【9】このように見てくると、普通のトマ
トが、一粒の種から一万個も実をつけないの
は、土によって本来の成長をじゃまされてい
るのではなく、生態系全体の中での適正な成
長規模を守っているからだとも考えられよう
。【0】
 遺伝子情報としては、一万個を実らせる能
力を書き込まれているのだろうが、ぎりぎり
まで発現させることは通常ないのである。
 複雑な生命体は、私たちの想像を超える潜
在能力を持っているとみてよい。しかし、生
物相互のかかわり合い、生物と自然とのかか
わり合いの中で、能力の発現は一定に保たれ
る。つまり、生態系という高いレベルの有機
的な秩序が保たれていくために、最適値があ
る。
 この生物の中に人類も含まれる。科学・技
術を発達させ、際限なく生産の拡大を図るだ
けでは、人類はいつか行き詰る。そして、次
の世代に大きな負の遺産を残すことになる。
 人間は、限度を超えて物が増えた分だけ、
心が貧しくなり、寂しくなっていくのではな
いか。それを解決するには、人間の慎みが必
要である。
 先ごろ、ノーベル平和賞を受賞したケニア
の女性環境保護活動家ワンガリ・マータイさ
んが、日本語の「もったいない」をエコロジ
ーの言葉「モッタイナイ」として世界に紹介
したように、「慎み」も新時代の人間の生き
方を表す世界の共通語「ツツシミ」となるよ
う広く伝えていきたいものである。
 「モッタイナイ」は単に物を節約すること
ではないし、「ツツシミ」は欲望を消極的に
抑えることではないだろう。
 この言葉の背後には、人類を含めた生物が
、大自然の偉大な力「サムシング・グレート
」により生かされているということに対する
感謝の気持ちが込められている。

(村上(むらかみ)和雄(かずお)の文章に
よる)