長文集  8月4週  ○昭和三〇年代半ばからの  mi2-08-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/05/23 11:34:23
 【1】昭和三〇年代半ばからのとどまるこ
とをしらない経済拡大による自然破壊のせい
で、かなり怪しくなってきたとはいえ、日本
は、本来、自然が豊か、すなわち生物多様性
も高いのです。【2】この、急速に絶滅危惧
種も多くなっている日本の自然を保全、ない
しは回復するにはどうすればいいのでしょう
か。身近な問題として考えてみましょう。
 【3】そのためには、自然に手を加えず、
放っておくのが上策という考え方もあります
。これは、まったくのまちがいというわけで
はありませんが、いろいろ問題があります。
 【4】一時期、森林で「木を伐る」ことが
自然保護の目の敵にされたことがありました
。七〇年代に入って環境が問題視されはじめ
た時代です。自然環境を守るためには、自然
に手を加えてはならない、木を伐ること即、
自然破壊という短絡的な理解です。【5】い
まも都市生活者の間では、まだそうした考え
方が色濃く残っています。
 放っておけば、自然は守られ、生物多様性
や生態系の健全性も保全されるのでしょうか

 【6】もちろん、自然や生態系にまったく
圧力を加えず、そのままにできれば、自然保
全としてそれに越したことはないかもしれま
せん。【7】しかし、それは私たちの生存を
否定することになります。人間が生活してい
くうえでは、居住や生産に利用するために森
や湿地を壊したり、その生産物を生活資材に
横取りしたりと、自然や生態系に圧力を加え
ることは避けられません。【8】この日本列
島から人間が消えたほうが、ほかの生物たち
にとってはうれしいかもしれませんが、私た
ちヒトも生物の一員として生きていかなけれ
ばなりません。【9】私たちが日本列島で生
きていく以上、自然や生態系に対しては、利
用しながら保全していくというむずかしい対
応が不可避なのです。
 人間も生きていくうえで利用しなければな
らないという前提で、元来豊かだった日本の
自然を守るポイントはどこにあるでしょう 
か。【0】先述のように、これまでの日本で
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は都市生活者を中心 に、自然や生態系の保
護といえば「まったく手をつけることなく、
放置すること」との認識が一般的でした。し
かしそれは、次のような背景から、とりわけ
日本の自然についてはあてはまらないようで
す。
 その理由の一つは、日本の自然は、すでに
人の手が入った自然が∵多いという点にあり
ます。そのことによって逆に生物多様性が高
まってきたという事情もあるのです。「人手
の入った豊かな自然生態系」とは自己矛盾の
ようですが、そんな自然もあるのです。(中
略)
 それがいわゆる里山環境です。何千年にも
わたるそうした人為を通じた環境維持は、も
う一つの生態系を形づくってきました。
 そこには、森林、あぜ地、ため池、水路、
水田といった複合生態系がまさにモザイク状
にセットされた「景観の多様性」が形成さ 
れ、特有の豊かな生物種が棲んでいます。た
とえば、もっともわかりやすい例としては、
先に触れたように、両生類については、イギ
リス七種に対して日本六一種というように圧
倒的です。そのほか、トンボ、タガメなどの
昆虫、メダカ、タニシ、シジミなどの魚貝 
類、トンビ、タカなどの猛禽類なども豊かで
す。トンボ類も約二〇〇種と、イギリスの三
〇種あまりにくらべるとケタちがいです。
 また植物についても、「手を入れつづける
」ことによって維持されてきた種も多くあり
ます。一〇〜二〇年間隔で定期的に上木が伐
採される薪炭林環境に適応した、「春の妖精
(スプリング・エフェメラル)」と呼ばれる
カタクリ、フクジュソウ、ニリンソウなどが
それにあたりますが、彼女たちには、下草が
刈られ、落ち葉が掻かれ、上層の落葉樹の葉
が茂る前の春先に地表面によく陽光が射しこ
む雑木林が必要なのです。あぜ地などが草刈
りされることに適応したキキョウやフジバカ
マなどもそうした部類ですが、その多くも、
いまではほとんど人手が加えられなくなった
結果、環境変化のために絶滅危惧種となって
います。

(豊島 襄()・著『ビジネスマンのための
エコロジー基礎講座森林入門』八坂書房 に
よる)