長文集  10月2週  ★子供の世界は(感)  mu-10-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/10 10:17:49
 【1】子供の世界は「ふしぎ」に満ちてい
る。小さい子供は「なぜ」を連発して、大人
にしかられたりする。しかし、大人にとって
あたりまえのことは、子供にとってすべて「
ふしぎ」と言っていいほどである。【2】「
雨はなぜ降るの。」「せみはなぜ鳴くの。」
あるいは、少し手がこんできて、飛行機は飛
んで行くうちにだんだん小さくなっていくけ
ど、中に乗っている人間はどうなるの、など
というのもある。(中略)
 【3】子供の「ふしぎ」に対して、大人は
時に簡単に答えられるけれど、一緒になって
「ふしぎだな。」とやっていると、自分の生
活がそれまでより豊かになったり、面白くな
ったりする。
 【4】子供は「ふしぎ」と思うことに対し
て、大人から教えてもらうことによって知識
を吸収していくが、時に、自分なりに「ふし
ぎ」なことに対して自分なりの説明を考えつ
くときもある。【5】子供が「なぜ。」と聞
いたとき、すぐに答えず、「なぜでしょう 
ね。」と問い返すと、面白い答えが子供の側
から出てくることもある。
 「お母さん、せみはなぜミンミン鳴いてば
かりいるの。」と子供が尋ねる。【6】「な
ぜ、鳴いてるんでしょうね。」と母親が応じ
ると、「お母さん、お母さんと言って、せみ
が呼んでいるんだ  ね。」と子供が答える
。そして、自分の答えに満足して再度質問し
ない。これは、子供が自分で説明を考えたの
だろうか。【7】それは単なる外的な説明だ
けではなく、何かあると「お母さん。」と呼
びたくなる自分の気持ちもそこに込められて
いるのではなかろう か。だからこそ、子供
は自分の答えに納得したのではなかろうか。
【8】そのときに、母親が「なぜって、せみ
はミンミンと鳴くものですよ。」とか、「せ
みは鳴くのが仕事なのよ。」とか、答えたと
しても納得はしなかったであろう。【9】た
とい(たとえと同  じ)、せみの鳴き声は
どうして出てくるかについて正しい知識を供
給しても、同じことだったろう。そのときに
、その子にとって納得のいく答えというもの
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がある。そのときに、その人にとって納得が
いく答えは、物語になるのではなかろうか。
【0】せみの声を聞いて、「せみがお母さん
、お母さんと呼んでいる。」というのは、す
でに物語になっている。外的な現象と、子供
の心の中に生じることが一つになって、物語
に結晶している。
 人類は言語を用い始めた最初から物語るこ
とを始めたのではないだろうか。短い言語で
も、それは人間の体験した「ふしぎ」、「お
どろき」などを心に収めるために用いられた
であろう。
 古代ギリシャの時代に、人々は太陽が熱を
もった球体であることを知っていた。しかし
それと同時に、彼らは太陽を四頭立ての金の
∵馬車に乗った英雄として、それを語った。
これはどうしてだろ う。夜の闇を破って出
現して来る太陽の姿を見たときの彼らの体 
験、その存在の中に生じる感動、それらを表
現するのには、太陽を黄金の馬車に乗った英
雄として物語ることが、はるかにふさわしか
ったからである。かくて、各部族や民族は「
いかにしてわれわれはここに存在するのか。
」という、人間にとって根本的な「ふしぎ」
に答えるものとしての物語、すなわち神話を
もつようになった。それは単に「ふしぎ」を
説明するなどというものではなく、存在全体
にかかわるものとして、その存在を深め、豊
かにする役割をもつものであった。
 ところが、そのような神話を現象の説明と
して見るとどうなるだろう。確かに英雄が夜
ごとに怪物と戦い、それに勝利して朝になる
と立ち現われてくるという話は、ある程度、
太陽についての「ふしぎ」を納得させてくれ
るが、そのすべての現象について説明するの
には都合が悪いことも明らかになってきた。
例えば、せみの鳴くのを「お母さんと呼んで
いる。」として、しばらく納得できるにして
も、次第にそれでは都合の悪いことがでてく
る。
 そこで、現象を説明するための話は、なる
べく人間の内的世界をかかわらせない方が、
正確になることに人間がだんだん気がつきは
じめた。そして、その傾向の最たるものとし
て、自然科学が生まれてくる。「ふしぎ」な
現象を説明するとき、その現象を人間から切
り離したものとして観察し、そこに話を作る
。このような自然科学の方法は、ニュートン
が試みたように、「ふしぎ」の説明として普
遍的な話(つまり、物理学の法則)を生み出
してくる。これがどれほど強力であるかは、
周知のとおり、現代のテクノロジーの発展が
それを示している。これがあまりに素晴らし
いので、近代人は神話を嫌い、自然科学によ
って世界を見ることに心をつくしすぎた。こ
れは外的現象の理解に大いに役立つ。しかし
、神話をまったく放棄すると、自分の心の中
のことや、自分と世界とのかかわりが無視さ
れたことになる。
 せみの鳴き声を母を呼んでいるのだと言っ
た坊やは、科学的説明としては間違っていた
かも知れないが、そのときのその坊やの「世
界」とのかかわりを示すものとして、最も適
当な物語を見出したと言うことができる。 
(河合隼雄「物語とふしぎ」による)