長文集  12月2週  ★今日の都市生活に(感)  mu-12-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2013/09/11 13:30:54
 【1】今日の都市生活に欠かせない行列と
いう社会現象がある。行列という形式そのも
のは、カラハリ砂漠の狩猟採集民サン人が狩
りなどで遠出するときにも組まれ、西洋では
戦争の捕虜を行列させたことが古代の歴史書
にもみえる。【2】しかし、モノを手に入れ
たりサービスを受けたりする順番を待つ行列
は、近代の工業化社会に特有のものだろう。
【3】小さな個人商店では並ぼうとする買物
客はいないが、スーパーマーケットでは工場
のアセンブリィ・ラインのように、客がレジ
で列をつくることが前提にされていることは
行列の工業社会的性格を端的にしめしている

 【4】駅の切符売場やタクシー乗り場や学
生食堂などでの行列は以前からあったが、近
ごろではデパートのトイレの前や、昼食時の
都心の食堂でも行列はあたりまえの光景にな
った。【5】今日の大都会がそうであるよう
に、一般にモノやサービスの需要―供給関係
に一定程度以上の不均衡があるところではど
こでも行列ができる可能性がある。【6】難
民キャンプの行列ではモノの供給の不足が強
調され、モノやサービスの供給に不足はない
はずの現代日本のアイスクリーム店やコロッ
ケ屋の前の行列では需要が浮き彫りにされ 
る。
 【7】しかしながら、たとえ需要―供給に
顕著な不均衡があっても、身分や地位にかか
わらず先着優先の原則がなければ、だれも列
をつくって順番を待とうとはしないだろう。
【8】行列が頻繁にみられる現代の公共的場
面では、年齢や社会的地位や性差や人種差な
どは体系的に無視されるが、そうした先着優
先の平等主義がないところでは行列は生まれ
ない。【9】行列をつくって順番を待つとい
う習慣は、たとえば士農工商の身分制社会で
はかんがえられないように、元来が西欧の近
代社会に特有な行動様式なのである。
 さらにいえば、行列は用件をひとつずつか
たづけるという近代的事務処理の発想に根ざ
している。
 【0】以前ギリシアで調査中に気づいたこ
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とだが、ギリシアの役所や銀行などでは、相
談事をもってくる人を、先客にかまわずつぎ
つぎと自室に入れ、用件を聞いて、処理しや
すいものから答えていくというやり方をとる
ことが多い。アラブ社会でも伝統的には同様
な方式がとられるようだが、このような事務
処理の習慣をもつ社会には行列はなかなかな
じまないようだ(ギリシアなどでは、行列は
後ろの者もやりとりがみえるように横並びに
なる傾向がある)。∵
 このようにすぐれて近代的慣行である行列
には独特の論理と構造がある。
 行列はもちろんその前段階、「行列以前」
からはじまる。飛行機の国内便に乗るために
出発の一時間半くらいも前に空港にいって待
機してみたりするとわかるが、そんな早い時
間にもチェックイン・カウンターのあたりに
は、たいてい何人か様子をうかがうようにし
て立っている人がいる。だれかがカウンター
の前に立つと、すぐ後ろに行列ができる。あ
まり人が少ないと早くから並ぶのもバカバカ
しくて苦痛だが、その間にもたがいの着順と
位置を目で確認していて、だれかが並んだと
たんに心配になって並ぶのだろう。電車を待
つ駅のホームなどでもおなじようなことがお
こることがある。サービスを受ける側がサー
ビスを与える側より先にあつまり、需給関係
がさほど切迫していないときにこのような「
半行列」が胚胎する。
 また、客がひとりのあいだは、待つ側の客
と待たせる側の店員や係員との心理的関係だ
けが問題だが、客がふたり以上になって列が
できると、そこに待つ者同士の社会的関係の
問題が加わってくる。ひとりで待たされてい
るあいだは、無力感や退屈や苛立ちとたたか
っていればよいのだが、行列ができたとたん
に、割りこまれないように、礼儀の範囲内で
相互監視しなければならない。新聞や雑誌を
ひろげてみても、目を周囲にくばり、とくに
前方に一定以上の間隔をあけないよう徐々に
前にすすまなければならないから、落ちつい
て読むことはできない。待つことは副次的活
動ではありえず、どうしてもその場の「主要
関与」にならざるをえないのだ。
 (中略)
 イギリス人やアメリカ人は行列をあたりま
えのように考えるようだ。しかし、ギリシア
などヨーロッパでも工業化がおくれた社会の
人びとには、そんな行列もヒツジの群れのよ
うにみえるらしい。
 民主主義には一定の均質性が必要だが、行
列を見ていると、工業化社会が近代民主主義
の母胎であることがよくわかる。

 (野村雅一『身ぶりとしぐさの人類学』よ
り)