長文集  12月4週  ○ある日、昼めしをおえると  mu-12-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/04 15:13:07
 ある日、昼めしをおえると父親は、あごを
なでながらかみそりを取り出した。吉(きち
)は湯をのんでいた。 
「だれだ。このかみそりをぼろぼろにしたの
は。」 
 父親は、かみそりの刃をすかして見てから
、紙のはしを二つにおって切ってみた。が、
すこしひっかかった。父の顔はすこしけわし
くなった。 
「だれだ。このかみそりをぼろぼろにしたの
は。」 
 父はかたそでをまくって、うでをなめると
、かみそりをそこへあててみて、 
「いかん。」といった。 
 吉(きち)はのみかけた湯をしばし口へた
めて、だまっていた。 
「吉(きち)がこのあいだといでいましたよ
。」と、姉は言った。 
「吉(きち)、おまえどうした。」 
やっぱり、吉(きち)はだまっていた。 
「うむ、どうした?」 
「ははあ、わかった。吉(きち)は屋根うら
へばかりあがっていたから、なにかしていた
にきまっている。」と、姉はいって庭へおり
た。 
「いやだい。」と、吉(きち)はさけんだ。
 
 姉は梁(はり)のはしにつりさがっている
はしごをのぼりかけ た。すると吉(きち)
は、はだしのまま庭へおりて、はしごを下か
らゆすぶりだした。 
「こわいよう、これ、吉(きち)ってば。」
 
 かたをちぢめている姉は、ちょっとだまる
と、口をとがらせてつばをかけようとした。
 
「吉(きち)っ。」と、父はしかった。 
 しばらくして屋根うらのおくの方で、 
「まあ、こんなところに面がこさえてあるわ
。」という姉の声がした。 
 吉(きち)は姉が面を持っておりてくると
、とびかかった。姉は吉(きち)をつきのけ
て面を父にわたすと、父はそれを高くささげ
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るようにして、しばらくだまってながめてい
たが、 
「こりゃよくできとるな。」 
 また、ちょっとだまって、 
「うむ、こりゃよくできとる。」といってか
ら、頭を左へかしげかえた。∵
 面は父親を見おろして、ばかにしたような
顔でにやりとわらっていた。 
 その夜、納戸で父親と母親とは、ねながら
相談した。 
「吉(きち)をげた屋にさそう。」 
 最初にそう父親がいうと、いままでだまっ
ていた母親は、 
「それがいい。あの子はからだがよわいから
遠くへやりたくな  い。」といった。 
 まもなく吉(きち)はげた屋になった。 
 吉(きち)の作った面は、その後、かれの
店のかもいの上でたえずわらっていた。むろ
んなにをわらっているのかだれも知らなかっ
た。 
 吉(きち)は二十五年、面の下でげたをい
じりつづけてびんぼうした。 
 ある日、吉(きち)はひさしぶりでその面
を見た。すると面は、いかにもかれをばかに
したような顔をしてにやりとわらった。吉(
きち)ははらがたった。つぎにはかなしくな
った。が、またはらがたってきた。 
「きさまのおかげで、おれはげた屋になった
のだ。」 
 吉(きち)は面をひきおろすと、なたをふ
るってその場でそれを二つにわった。しばら
くしてかれは、げたの台木をながめるよう 
に、われた面をながめていたが、なんだかそ
れでりっぱなげたができそうな気がしてきた
。