長文集  10月4週  ○「ボランティアってのは(感)  mu2-10-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/09/13 11:17:24
 【1】「ボランティアってのは、自分にと
って一銭の得にもならないことを一生懸命や
っているみたいだ。だから、ボランティアは
偉い、感心だ」。こんなふうにいう人は好意
的な人だ。【2】その気持ちが少し皮肉な側
に傾けば、ボランティアは「変わった人  
だ」、「物好きだ」となるかもしれないし、
反発心が混じれば、ボランティアは「偽善的
だ」となりかねない。
「偽善的だ」と言われたとき、ボランティア
は考え込んでしまうかもしれない。【3】自
分がしていることが「見返り」を求めない「
尊い」行為だと言う自信はない。もしかする
と自分は、自分の力を誇示したいだけなので
はないか、弱いものと接することで優越感を
感じたいだけではないか、「こんないいこと
をしましたよ」と周りの人に自慢したいだけ
なのではないか……と考え出すと、自分でも
不安になってしまう。
 【4】私は、ボランティアが行動するのは
ある種の「報酬」を求めてであるからに違い
ないと考える。私自身の限られた経験からも
そう思うし、考え方の枠組みとして、とりあ
えずそのような想定をしてから出発すること
が有効なアプローチであると思う。
 【5】ボランティアにとっての「報酬」と
は、もちろん、経済的なものだけとは限らな
い。その人によっていろいろなバリエーショ
ンが可能なものである。私は、ボランティア
の「報酬」とは次のようなものであると考え
る。【6】その人がそれを自分にとって「価
値がある」と思い、しかも、それを自分一人
で得たのではなく、だれか他の人の力によっ
て与えられたものだと感じるとき、その「与
えられた価値あるもの」がボランティアの「
報酬」である。
 【7】ボランティアはこの広い意味での「
報酬」を期待して、つまり、その人それぞれ
にとって、自分が価値ありと思えるものをだ
れかから与えられることを期待して、行動す
るのである。その意味で、ボランティアは、
新しい価値を発見し、それを授けてもらう人
なのだ。
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 【8】ボランティアの「報酬」についてわ
かりにくいところがあるとしたら、その本質
が「閉じて」いてしかも「開いて」いるとい
∵う、一見相反する二つの力によって構成さ
れているからではないだろうか。
 人が何に価値を見いだすかは、その人が自
分で決めるものであ る。【9】他人に言わ
れて、規則で決まっているから、はやってい
るからとかいう「外にある権威」に従うので
はなく、何が自分にとって価値があるかは、
自分の「内にある権威」に従って、つまり、
独自の体験と論理と直感によって決めるもの
だ。その意味で、価値を認知する源は「閉じ
て」いる。
 【0】「内なる権威」に基づいていること
、自発的に行動すること、何かをしたいから
すること、きれいだと思うこと、楽しいから
すること、などが「強い」のは、それらの力
の源が「閉じて」い て、外からの支配を受
けないからだ。しかし、ボランティアが、相
手から助けてもらったと感じたり、相手から
何かを学んだと思ったり、だれかの役に立っ
ていると感じてうれしく思ったりするとき、
ボランティアは、かならずや相手との相互関
係の中で価値を見つけている。つまり、「開
いて」いなければ「報酬」は入ってこない。
このように、ボランティアの「報酬」は、そ
れを価値ありと判断するのは自分だという意
味で「閉じて」いるが、それが相手から与え
られたものだという意味で「開いて」いる。
 「外にある権威」だけに基づいて行動する
こと、つまり「開いている」だけの価値判断
によって行動するのは、わかりやすいことで
あるとともに、楽なことだ。うまくいかなく
とも、自分のせいではないし、いつでも言い
訳が用意されているのだから。また、自分の
独自なるものを賭ける必要がないから、傷つ
くこともない。しか し、「外にある権威」
だけに準拠して判断をするということは、物
事をある平面で切り取り、それと自分との関
係性をはじめから限定してしまうことになる
。それでは、何も新しいものは見つけられな
いし、だいいち、楽しくない。
 一方、「閉じて」いるだけのプロセスも、
複雑なところはなくはっきりしているし、周
りのことを考えなくていいわけだから楽なこ
とである。しかし、そこからは排他性とか独
善しか生まれない。つまり、「開いている」
だけ、または「閉じているだけ」の行動は、
わかりやすく、楽であるかもしれないが、力
と魅力に欠けるということだ。新しい価値は
「閉じている」ことと「開いている」ことが
∵交差する一瞬に開花する。
 ボランティアの「報酬」は「見つける」も
のであると同時に「与えられる」ものである
ということは、新しい価値が「報酬」として
成立するには、ボランティアの力と相手の力
が出会わなければならない、つまり、つなが
りがつけられなければならないということ 
だ。

(金子郁容(いくよう)『ボランティア――
もうひとつの情報社会』による。本文を改め
たところがある)