1. 【1】モグラは食虫類に
属し、からだのしくみは原始的です。歯も特に発達したものではありません。
2. 昔の人は、畑の作物の根をかじる悪
獣と思って殺しましたが、それはぬれぎぬ。
真犯人は、かじるのがしょうばいのノネズミであって、モグラの
貧弱な歯では、
堅い植物の根などかじれるものではありません。【2】しかし、
柔らかい虫を
捕えて食べることはできるのです。
3. モグラは、ミミズ食いしょうばいです。だから、食事をするには土を
掘り、トンネルを
掘らねばなりません。でも、トンネル
掘りは重労働で、とても
お腹がすきます。【3】だから、ミミズを食べなければなりません。それには、トンネルを
掘らねばならず、とても
お腹がすいて……。だからモグラは一日に五〇
匹もミミズを食べ、一日なにも食べないと死んでしまいます。【4】そんなことを知らないで昔の人は、モグラを
捕らえてかごに入れておくと一日で死んでしまうものですから、「日光に当たると死ぬ」のだ、と
誤解したのです。
4. そんな苦労があっても、土の中にはモグラ以外のミミズ食いの競争相手も、モグラ食いの動物も、まあいないので、モグラは「気らく」に生きていくことができます。【5】これが、地上で虫を食う生活だと、すばしこい鳥たちみたいな競争相手や、イタチみたいな小動物食いしょうばいのけものなどがいっぱいいて、原始的なからだのモグラはとてもやっていけないでしょう。
5. 【6】このようなモグラの、きわめてモグラ的な生活を
支え、まるでモグラのシンボルみたいにみえるのが、モグラの前あしです。それはシャベルそっくりで、じつに
巧みに、すばやくトンネルを
掘ることができます。【7】
掘って
掘って
掘りまくり、ミミズを食べて食べて食べまくるモグラの生活を
可能にしているのが、モグラの「シャベル」なのです。
6. モグラのからだは、ほかの食虫類と同じように、原始的なのですが、前あしだけ特別に発達しているのです。
7. 【8】
哺乳類のそれぞれの種のからだには、その種の生活の実体を
象徴的に
現しているしくみがそなわっています。ライオンの
牙はけもの食いしょうばいのシンボルです。キリンの長い首はいかなる∵
猛獣をも先にみつけてしまいます。【9】ゾウの長い鼻は、
巨大なからだを
移動させるために
支出するエネルギーを最小に
抑えて、大量の木の葉を
一網打尽に食べることを
可能にしています。
8. では、人間のからだにそなわった、人間の生活を
象徴するものはなにでしょうか。それは、手です。【0】
9. はるか昔、人間の
祖先は直立二足歩行をかちとることによって、前あしを手に転化することができました。手は、
木片や動物の
骨や石や、つまり自然のものに働きかけてそれを意図的につくりかえ、さまざまな道具をつくり出すことができました。
10. モグラの前あしは、ちょっと見たところでは、人の手に
似ているようにみえるかもしれません。しかし、それは、トンネル
掘り一本槍で、ほかのことはしません。もし、モグラの前あしがほかのことをすれば、それはモグラであることをやめることを意味し、
滅びてしまいます。
11. 人間の手は、そうではありません。手は、それがつくられたはじめから、いろいろな目的に
対応した、多様な道具をつくりだしたのです。
12.(
中略)
13. ライオンの
牙はどんなに
鋭くても、それはライオンの
遺伝子によって伝えられたものであって、ライオンの
意志で作ったものではありません。モグラのすばらしい「シャベル」も、当のモグラにとっては「知っちゃいない」のです。
14. それにたいして、人間の
祖先が作った道具は、それがかりにきわめて
単純なものであっても、やはり、人間が意図的に、人間の
意志によって作ったものです。
15. (中原正木「人は足から人間になった」)