1.【長文が二つある場合、読解問題用の長文は一番目の長文です。】
2. 南
博人は
従順な子であり、いたずらっ子でもあった。先生に
反抗らしい
態度に出たことは一度もなかった。しかし
彼は、そのとき、先生が言った最後の言葉に
疑問を持った。ひとりで山へ入ったならば、自力で
頂上へ出ることは
困難であるということに
嘘を感じた。
札幌の
郊外にある
藻岩山は、
彼が生まれた時から
馴れた山だった。道をそれても、上へ上へと登っていけばやがては
頂上へ出られる
筈である。それは小学校五年生の
理屈であった。
3.「おい、南どうした」
4. 列が動き出しても
頂上の方も
見詰めたまま
突立っている南に
不審をいだいて
隣の少年が話しかけた。
5.「おれは、山の中へ入る。先生に言うなよ、言ったら、げんこつくれてやるぞ」
6. 南の受持ちの先生のあだなはげんこつ先生である。悪いことをすると、げんこつをくれるからである。南はげんこつ先生の
真似をして、
隣の少年をげんこつでおどかしてやぶの中へ飛びこんだ。やぶの中を
頂上まで登る気はなかった。道をそれたら、
頂上へ出られないという先生のことばが、ほんとうか
嘘かたしかめたかったし、同時に
彼は山の中がどんな
構造になっているかも知りたかった。
彼はクラスで走るのは一番速かったから、五分や十分の道草を食っていても、直ぐ追いつける自信があった。それにげんこつを見せた以上、
誰かが先生に告げ口をするということはまず考えられなかった。
彼は
餓鬼大将だった。
7.
彼はやぶへ入った。木が
密生している間をかいくぐっていくと、木の芽の強い
芳香が
彼の鼻をくすぐった。
彼は
幾度かくしゃみをした。くしゃみが
誰かに聞えはしないかと、耳を
済ませたが、もう少年たちの足音は聞えなかった。
8.
彼はにっこり笑った。たいへん面白い考えが
浮かんだからである。少年たちは六十名いた。
彼等が先生に
引率されて
頂上に達するまでに、先
廻りをして
頂上に行ってやろうという野望を起した∵のである。先
廻りをした
罪で、げんこつ先生に一つぐらいげんこつを
頂だいしてもかまわないと思った。
9.
彼は森の中を
頂上目がけて登り出したが、道のないところを登ることがいかに
困難であるかを知ると、
彼自身のやっていることが、かなり
冒険であることに気がついた。
10.
彼はもと来た道へ引き返そうとして、そっちの方へ
移動したが、道らしいものはなく、いよいよ
樹木の深みにはまりこんでいった。
彼はひどくあわてた。
彼は
幾度か
叫ぼうとしたが、声は
咽喉で止った。
彼は
眼に
泪をためた。先生のいうとおりだとすれば、さっき
彼がたてた
理屈がおかしくなる。
頂上は一つだ、登っていけば必ず
頂上に行き当る
筈だ。
11.
彼は気を取り直した。道を
探すことはやめて、
一途に
頂上を目ざして
直登していった。必ず
頂上があると思いこんでいれば、道に
迷ったことも、
朋輩たちと別れたことも、先生に
叱られることも、少しも
怖くはなかった。
12. 高い方高い方へ登っていくと、少しずつ明るさが
増して来ることが
彼にとって希望だった。明るさが
増して来ることは、
頂上に近づいていることだとは分らなかった。やがて
彼は道とも
踏み跡ともつかないものに行き当った。そこを登っていくと、ややはっきりした山道に出会い、そこから
頂上までは楽な登りだった。
13. げんこつ先生は真青な顔をして待っていた。
14.(新田
次郎「神々の
岸壁」)∵
15. 【1】
樹木は生命の
危険を感じると早く子孫を残さなければと多くの種子をつける。
実際、
柿の実やどんぐりが
豊作になるようにと子どものころ木の
幹を思いっきり
蹴飛ばした
経験がある。
16. 戦後せっせと植えたスギも、林業が
儲からなくなって手入れがされなくなった。【2】とくに
間伐がされていないスギ林は、スギ同士の
過酷な
生存競争でひょろひょろな木となり、ストレスが大きくなっている。こんな
環境によって、スギの木も生命の
危険を感じ、種子をたくさん残そうと
雄花をたくさん付け、花粉を大量に
撒き散らしているということなのではないだろうか。
17. 【3】九州の
熊本から九州自動車道を南下すると、八代インターチェンジを
過ぎてから道路は山間に分け入っていく。多くのトンネルと急カーブが続き、全長約六キロメートルの
肥後トンネルを
抜けると、九州で有数の林業地である
人吉盆地に入る。【4】道路の両側は
急峻な山地が空を
狭め、森林が天に
伸びている。しかし、近年、その風景に変化が
現れている。何気なく通る多くの人たちは気付くことはないのかもしれないが、
職業柄、
私にはどうしても気になってしまう。【5】それは、
至るところでかなりの面積にわたり森林が
伐採されていることだ。戦後、せっせと先人たちが植林したスギの林がようやく
伐採できるまでになって、利用されるようになったという意味では好ましい
現象だが、問題なのは、
伐採された
箇所に植林された
形跡がないことだ。
18. 【6】
私たち、森林・林業にかかわるものからすれば、「
伐ったら植える」が
常識である。しかし、今やこのような
常識が
常識でなくなってきている。それどころか、これら植林
放棄地の
状況をみると、森林所有者が森林を土地ごと手放すケースが
増えている。【7】これは、森林を買う木材生産業者が、木材
価格の下落に
伴い、
採算性を
維持するためにより大きな面積の森林を買い入れようとする意∵向があり、これが森林所有者の森林を所有することへの
負担感と相まって、土地ごとの
売却を
後押ししているようだ。
19. 【8】日本の文化は森と木の文化であるといわれる。
20. 森林に
恵まれた国土で、その
資源を
巧みに利用してきたというのは当たり前だが、とくに日本では、森林を形づくる
樹木の種類が
豊富であることから、
樹種の
違いによる木材の
性質も様々であり、その
違いを上手に使い分けてきた。【9】住まいや身の回りの道具に
至るまで、こんなものにはどの木を使うという
知恵は、すべての人がもっていた。
お櫃にコウヤマキ、まな板にイチョウ、つまようじにはクロモジ、
下駄やたんすはキリ、家の土台はクリなどだ。【0】
21. また、木材を
無駄なく使うということにも意を用いてきた。まさに、日本人は木とともに生き、木によって生活を
維持し、木の上手な使い方をあみ出してきた民族である。
22. しかし、ここ数十年、木の文化は急速に失われつつある。
安価で
均質に大量生産できる石油化学
製品などの
代替品が
私たちの
日常に
氾濫するようになったからだ。木材にしても、外国からやってくるものが八
割以上を
占めるようになっている。このままでは、日本の木の文化は、
文化財や
美術品などの
特殊な
伝統文化に残されるだけになるのかもしれない。
23. こうなると、国内の木材はますます使われず、
価格も下落していくだろう。結果、国内の森林を守ってきた林業も立ち行かなくなる。そして、
間伐などの手入れもされず森林の
放棄が
拡大していくことになる。
24.
私たちにとってなくてはならない森林が、今、
危機に
瀕している。
25.(矢部
三雄『
恵みの森
癒しの木』(
講談社+α新書)より)