長文集  4月1週  ○たとえば粗大ゴミの  na2-04-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/02/08 11:11:58
 【1】たとえば粗大ゴミのゴミ捨て場へ行
くと、まだまだ使えるものがいっぱい捨てて
ある。それは環境を汚染するわけです。そん
なことならばもうちょっと高くても品質のい
いものを買って、おじいさんから孫まで生活
の思い出の残るものをずっと伝えていけば家
具なども捨てなくていい。【2】そうすれば
ゴミ捨て場もそれだけよけいな負担を背負わ
ずにすむわけです。けれども、日本人は使っ
ては捨て、使っては捨てという生活に疑問を
持っていません。
 【3】何年も寸法ひとつ狂わずに、引き出
しも扉もピッタリとしている家具への愛着は
、毎日の暮らし、人生、自分の世界をつくっ
ていたものへの愛でもあり、そういう年月に
耐えるものをつくった人の腕前に対する尊敬
でもあるわけです。
 【4】たとえば何代も読みつがれる名作と
いわれる文学作品は、アブクのように消える
いわゆる「よみもの」よりも多くの人に長く
愛され、尊敬されているでしょう。いつまで
も本棚に置いておきたいと思うでしょう。【
5】そこから得たものは、それぞれの人格の
中に深くはいりこんで、読者の人間を豊かに
したでしょう。すぐに忘れ去る一過性のよみ
ものとは、違うものだと思います。それはモ
ノに対しても同じであるはずなんです。
 【6】では、ほんとうの豊かさ、なんとな
く豊かな気持ちで毎日が送れる時とはどうい
うときかと考えてみますと、『パパラギ』と
いう本をお読みになった方がいらっしゃるか
どうかわかりません が、南のある島の酋長
が書いた本です。【7】その中でこういうこ
とを言っている。人間というのは頭だけで生
きているのではない。足だけで生きているの
でもないし、手だけで生きているわけでもな
い。心もあるし、身体もあるし、頭もある。
【8】頭も手も心で感じることも、目も耳も
全部が同時に満足することが必要だ、ひとつ
に統一された満足感が必要だ。そういう生活
が人間として幸せで豊かな生活なんだと言っ
ている。
 頭だけあるいは手だけを酷使して、ほかの
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ところを顧みないと、人間は必ず病気になり
、健康な心と身体を失う、と言っています。
∵【9】つまり人間は、全体で生きていて、
全体を働かせ、全体を楽しませ、全体がひと
つとなって幸せになることが豊かなのだと言
っているのです。一部分だけが満足している
状態は、病気だと言っているのです。【0】
 同じことは教育の中にもあります。教育は
全人格的発展、人間としての成長を促すもの
ですが、現在、日本の教育は偏差値の点をと
る教育になっています。だから学校は楽しく
ない。人間の子として楽しくないのです。
 また、日本は労働時間が非常に長いです。
残業をすれば残業手当てももらえます。お金
だけ、あるいは企業の中で出世することだけ
を考えれば、頭と職業に必要な手、目だけを
働かせて「職業バカ」になることもできる。
それが日本ではたいへんいいことだと考えら
れている。あの人は会社のために妻も子も忘
れ、一身を捧げて、ただただ会社のために尽
くしてきた。企業にとってはいい社員である
のですが、そういうのは豊かではないと『パ
パラギ』は言ってい る。
 つまり、会社人間は、ある専門的なことに
ついてはベテランになっていくし、お金も儲
けるかもしれません。しかし、もしその人が
学校を出てからまともな本を一冊も読んでい
ない。自分の仕事にかかわるものは読んでい
るかもしれないが、人間の土台になる教養と
いうものは、何も身につけていない。会社で
働くだけで、それこそ図書館にも行かないし
、山登りもしないし、音楽会にも行かない 
し、地域社会のために何かをするということ
もしない。ただ会社で働くだけ。だとしたら
、まったく豊かではありません。それは人間
としての生活ではないからです。

(暉峻(てるおか)淑子(いつこ)『ほんと
うの豊かさとは』「岩波ブックレット」より
、一部改変)