長文 5.1週
1. 【1】自分が好感をもっていない相手と話さなければならないことほど気の重いことはない。しかし、これは職場しょくばや学校、近所付き合いなど、あらゆる日常にちじょう生活の中でわたしたちがしばしば避けさ ては通れない現実げんじつといえる。その解決かいけつさくはただ一つ。それは我慢がまんすることである。
2. 【2】嫌いきら だからといって、皮肉やイヤミを言えば、よけいに不愉快ふゆかいな思いをすることになるし、わざとらしくニコニコ親しげにふるまうのもかえって不自然である。不快ふかい感情かんじょうを表に出さないように注意し、ごく自然に対応たいおうするのがベストということになる。
3. 【3】しかし、初対面でいやな感じの人と思っていても、付き合っているうちにだんだん相手を見直すことも時にはあろう。人間には案外隠さかく れた部分が多いものだ。一度や二度会った程度ていどでは、その人のすべてがわかったとは言いがたい。
4. 【4】わたしがラジオの人生相談をしていて思ったのは、人間の観察がんはそれほど確かたし なものではないということだった。たとえば、「夫がこんな人間だったとは思いませんでした。」と言ってくる人は、観察がんが足りなかったということになる。いいと思った人がいやになる。【5】だからそのぎゃくで、いやな人間がいやでなくなる可能かのうせいもあるということだ。
5. 映画えいが評論ひょうろん家の淀川よどがわ長治さんは、十六さいの時に見た映画えいがの「おれはなあ、嫌いきら やつに今まで会ったことがねェ。」というせりふに感動したという。【6】それ以来、淀川よどがわさんは、「いまだかつて嫌いきら な人に会ったことがない。」という信条しんじょうをもつようになった。
6. 相手が失礼なことをしたり、非常ひじょうに冷たいとき、昔は怒っおこ たが、ある時期からはらが立たなくなった。【7】それはその人が失礼なことを失礼だと思っていないことに気が付いたからだという。「人間はみんな根がよい人ばかりなのだから、いやだと思ってはいけないんです。自分が相手に愛情あいじょう抱けいだ ば、きっと向こうもそれを感じてくれるはずです。」と、淀川よどがわさんは言っている。∵
7. 【8】他にも、俳優はいゆう森繁もりしげ久弥ひさやさんは、人と付き合う時はその人の長所だけを見てそこだけ認めみと 合った付き合いをするという。どんな嫌いきら な相手にも必ず長所はある。【9】欠点を見てそれをどうこう批判ひはんするのではなく、その長所の部分のみでかかわりあえばいいということである。
8. 人付き合いというものは、こちらの気持ち次第でかわっていくものなのである。【0】

9.(斎藤さいとう茂太しげた『心のうさの晴れる本』より)