長文集  5月2週  ★しばらく影をひそめていた教養(感)  na2-05-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】しばらく影をひそめていた教養とい
う言葉が、またもや人々の注意をひくように
なった。かわいた海綿のように人々はできる
だけたっぷりと教養を身に吸いこませようと
あせっている。【2】結構なことだと思うが
、教養という言葉については従来から一つの
誤解が広く行われているように私には思われ
る。というのは、雑誌や書物、ないしは講演
などで、いわゆる教養講座といわれているも
のを見ると、そのほとんどが、多種多様な知
識の、しかもその断片の紹介に終始している
ように見えているからである。【3】そうし
て世間でも、いろんなことを雑然と心得てい
て、どんな話題にでも口を出せる人を、教養
の高い人と簡単にきめてしまっている。
 しかし、教養と知識とは決して同じもので
はないのである。というよりは、知識はその
ままでは決して教養にはならないのである。
【4】いくら絵かきの名前をたくさん知って
いても、美に対する感覚がちっともみがかれ
ていないような人は、美術の教養のある人と
いうことができない。作家や作品に広く通じ
ていても、人間の感情生活や人生の諸問題に
粗雑な考察しかめぐらすことのできないよう
な人間には、文学は少しも教養とはなってい
ないのである。
 【5】もちろん教養には知識や学問が必要
である。いかに耳の感覚の鋭敏な人でも、ベ
ートーヴェンもショパンもきいたことのない
ような人を音楽の教養のある人ということは
できない。【6】つまり教養とは、その人の
血となり肉となり、その人の人格を内部から
しっかりと支えているような知識を指すので
あり、教養によってその人の天性の感覚や人
格がますますみがかれ、深められ、高められ
て行かなければならないのである。【7】知
識が人格と没交渉な状態にある場合には、真
の教養は決して生まれることができない。無
知無学の人を教養ある人間ということはでき
ないが、博識の学者にも教養のない人間は少
なくないのである。
 【8】次に注意しておきたいことは、教養
を身につけるということは、知的貴族になる
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ことでは決してないということである。例え
∵ば、美術の鑑賞眼(かんしょうがん)を養
うことによって、普通の人々には感じえない
深さにまで絵画や彫刻の美しさを感じえた場
合、【9】自分か一般の人々よりは一段と高
尚な人間になったような誇りをいだくことは
有りがちのことであるとしても、そのような
誇りをいだくために、またそのような特権階
級とならんがために、教養を深めようとする
のであるとすれば、その人はついに真の教養
を身につけることはできないであろう。【0
】なぜなら、くりかえして言うように、教養
の目的は、あくまで自己の人間完成の上に置
かれなければならないからである。

(河盛好蔵(かわもりよしぞう)『愛・自由
・幸福』より)