長文集  6月1週  ○この国から一つの種が(感)  na2-06-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/02/08 11:15:54
 【1】この国から一つの種が消えていくこ
とは、たとえていえば私たち自身の未来へつ
ながる糸が、一本切れてしまうことにほかな
りません。裏返せば、種の多様性を大切にす
ることこそが、豊かで安全な人間の未来を約
束しうるのです。【2】さらに、どれだけ多
くの生きものがいるかということは、森林の
生産力の豊かさを示す一つのものさしになり
ます。森林の価値は、たんに木材などの経済
的価値だけでなく、そこに暮らす生きものの
種類や数も、そのものさしとして含めて考え
るべきです。【3】これが、人間と自然の共
存、共生をめざす新しい考え方です。
 人の思想・信条や価値観が画一化された時
代が危険であったようにそれは自然について
も同様のことがいえます。【4】たとえば、
九州のスギノザイタマバエなどによるスギ枯
れのように、単一(たんいつ)樹種(じゅし
ゅ)で構成されている人工林は一度病虫害が
発生すると、いっきに広がり大きな被害をも
たらします。とはいうものの、今や日本中の
自然林が、スギ、ヒノキの単一経済林にとっ
てかわろうという勢いです。【5】その土地
の風土にあった自然林こそあらゆる危険に対
して、実はもっとも強いのだということを忘
れてはなりません。
 ブナの森にかぎらず、北海道の亜寒帯林か
ら沖縄の亜熱帯林にいたるまで、多様な自然
林を守り、健全な状態で次の世代に手渡して
いきたいというのが私たちの願いです。【6
】そして、長い間こうした自然林が、風土に
根ざした地方文化を育む一つの母胎ともなっ
てきた歴史的事実も忘れてはらないでしょう

 最近、日本中で、土地土地の固有の自然林
が消え、その土地に縁もゆかりもない「緑」
が造り出され、それが当り前の光景となって
います。【7】そうしたことをなんの抵抗も
なく受け入れてしまう自然観の欠如をおそろ
しいと思います。土地の固有の自然を大切に
するということはそれを舞台にした土地の文
化を守ることでもあります。裏返せば、この
国の多様な自然こそが、多様な地方文化を支
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え∵ているのです。【8】その意味で、緑の
量を増やすこともさることながら、むしろ、
その土地の風土や歴史的必然性に根ざした緑
の質、自然の質を問うことのできる眼を養い
たいものです。
 【9】その上で、たとえば人知のなせる技
ともいえる京都北山の人工スギ林もはるか縄
文の昔から受けつがれてきたブナなどの自然
林も、ともにすばらしいと言わしめるような
、そんなしなやかな感性とバランス感覚を、
しっかりと次の世代に伝えておきたいと願わ
ずにはいられません。【0】
 ブナの森は遠い祖先からの贈りものであり
、そして子孫からの借りものでもあります。
私たちは二十一世紀へ手渡すべき遺産の一つ
として、この森の将来に歴史的責務を負って
いることを忘れてはならないと思います。こ
の国が、母なる森――ブナ原生林を失ったと
き、それは私たちが孤児になるときです。な
ぜならば人間もまた、自然の子なのですから