1. 【1】この国から一つの種が消えていくことは、たとえていえば
私たち自身の未来へつながる糸が、一本切れてしまうことにほかなりません。
裏返せば、種の多様
性を大切にすることこそが、
豊かで安全な人間の未来を約束しうるのです。【2】さらに、どれだけ多くの生きものがいるかということは、森林の生産力の
豊かさを
示す一つのものさしになります。森林の
価値は、たんに木材などの
経済的
価値だけでなく、そこに
暮らす生きものの種類や数も、そのものさしとして
含めて考えるべきです。【3】これが、人間と自然の
共存、共生をめざす新しい考え方です。
2. 人の思想・
信条や
価値観が画一化された時代が
危険であったようにそれは自然についても同様のことがいえます。【4】たとえば、九州のスギノザイタマバエなどによるスギ
枯れのように、
単一樹種で
構成されている人工林は一度病虫害が発生すると、いっきに広がり大きな
被害をもたらします。とはいうものの、今や日本中の自然林が、スギ、ヒノキの単一
経済林にとってかわろうという
勢いです。【5】その土地の風土にあった自然林こそあらゆる
危険に対して、実はもっとも強いのだということを
忘れてはなりません。
3. ブナの森にかぎらず、北海道の
亜寒帯林から
沖縄の
亜熱帯林にいたるまで、多様な自然林を守り、健全な
状態で次の世代に
手渡していきたいというのが
私たちの願いです。【6】そして、長い間こうした自然林が、風土に根ざした地方文化を育む一つの
母胎ともなってきた歴史的事実も
忘れてはらないでしょう。
4. 最近、日本中で、土地土地の固有の自然林が消え、その土地に
縁もゆかりもない「緑」が
造り出され、それが当り前の光景となっています。【7】そうしたことをなんの
抵抗もなく受け入れてしまう自然観の
欠如をおそろしいと思います。土地の固有の自然を大切にするということはそれを
舞台にした土地の文化を守ることでもあります。
裏返せば、この国の多様な自然こそが、多様な地方文化を
支え∵ているのです。【8】その意味で、緑の量を
増やすこともさることながら、むしろ、その土地の風土や歴史的必然
性に根ざした緑の
質、自然の
質を問うことのできる
眼を養いたいものです。
5. 【9】その上で、たとえば人知のなせる
技ともいえる京都北山の人工スギ林もはるか
縄文の昔から受けつがれてきたブナなどの自然林も、ともにすばらしいと言わしめるような、そんなしなやかな
感性とバランス感覚を、しっかりと次の世代に伝えておきたいと願わずにはいられません。【0】
6. ブナの森は遠い
祖先からの
贈りものであり、そして子孫からの借りものでもあります。
私たちは二十一世紀へ
手渡すべき
遺産の一つとして、この森の
将来に歴史的
責務を負っていることを
忘れてはならないと思います。この国が、母なる森――ブナ原生林を失ったとき、それは
私たちが
孤児になるときです。なぜならば人間もまた、自然の子なのですから。