長文集  6月2週  ★世の中がすべてインスタント化して(感)  na2-06-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】世の中がすべてインスタント化して
いるのです。インスタント食品はちょうど昭
和三〇年代中ごろから出はじめました。そし
てそれ以来ずっと私たちの暮らしを取り囲ん
でいます。【2】かつては自分で努力をして
手をつくして時間をかけて、待っているあい
だ心ときめかせて楽しんで、そして結果を得
るというので生活が完結しました。ところが
、お金を出して始まり、ものを得て終わりと
いったら、そのあいだは瞬間になる。【3】
待たないわけです。高度経済成長期に入って
、待つことが消えていってしまいました。カ
ップラーメンの宣伝に「三分間待つのだぞ」
というのがありましたが、みなさんはご存知
ないでしょうね。いまは三分待たなくても、
すぐできるんでしょうか。【4】あるいは、
三分は、もうちっとも短い時間じゃなくなっ
たのかもしれません。三分も待つのーと逆に
売れなくなってしまうのかもしれないですね
。世の中めまぐるしく速く動いているのです
からね。
 ものごと万事、欲望がすぐ結果に短絡する
ようになってしまっている。【5】本当は何
かを願望することと、願望したことが満たさ
れるあいだが実は最も楽しい時間であって、
満たされてしまったらもうおしまいなのだと
いうところがあるでしょう。わかりやすくい
えば、恋愛なんかまさにそうです。【6】も
ちろん、好きだと言ってから、それから先も
また楽しみはありますが、好きになっていく
プロセスそのものが実はものすごく、苦しく
ても楽しい世界ですよね。【7】彼女は本当
に僕を好いてくれているのかと心配になった
り、その時期があるから、好きだということ
が確認できたときうれしいわけです。もし手
軽に得られたら、それはいいかえれば手軽に
すてられる世界にもなります。【8】これは
ゴミの問題と同じで す。手軽に得られるか
ら手軽にすてることができるのです。それで
はつまらないですね。
 自然のものも、たとえばイチゴなんていま
は年中あります。トマトも年中あります。で
もかつて旬のときしか食べられなかった。だ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
から、待ち遠しかった。
 【9】待つ喜びがあったわけです。そして
、たとえば旬の初ものを食べると寿命が延び
るなどということもいいました。初ものを食
べると寿命がのびる気がするほどうれしいか
ら、そういう言葉か∵出てきたんでしょうね
。【0】あるいは去年食べたときから一年寿
命があったことを実感できるという幸せがあ
ったから、そういう言葉で表したのかもしれ
ません。
 レジャーにしても、お金を出して得るレジ
ャーに流れていく生活というのは、山の緑、
自然の鳥や花と触れる、そういう喜びとは別
なんですね。お金で与えられる喜びの世界に
身をゆだねていくことが、季節の喜びを待つ
世界をも希薄にしているんです。
 困ったことですが、余暇さえもがお金もう
け、金主主義のわなの中にはまってしまった
ようです。商品化され、密室化されてきまし
た。子どもたちはゲームセンターに、大人た
ちはパチンコ屋に、孤独な時を非自然の空間
に閉じこもって遊びます。「野外での健康的
なスポーツ」としてゴルフが宣伝されていま
すが、その会員権は何千万、一億円などとい
う投機の対象であり、ゴルフ場は緑の山をけ
ずって人工的に草を植えた農薬づけの世界な
のです。「花と緑」といえば美しい自然を連
想させてくれますが、緑の森をつぶして遊園
地に作り変えた「花の万博」。高い入園料を
払って外国から持ち込んだ植物を無理な気候
の中で育てている不自然を見ることになる。
あちらこちらとあわただしく交通機関を利用
して動きまわれば、一万円はすぐに飛んでし
まうしくみのようです。ゆったりと自然の花
と緑をたのしむというようにはなっていない
のも、お金の世のかなしさなのでしょう。お
金によって手軽にということなのです。
 いまのインスタントな時代というのは、欲
望が充足されている点だけを見れば幸せそう
にみえるけれども、実は大事なものを失って
いる。本当は不幸な時代かもしれません。

(槌田劭(つちだたかし)『地球をこわさな
い生き方の本』より)