1. 【1】大学だけでなく、各地の
保育園や
幼稚園に
講演に行く機会もかなりあって、参観に来た母親と子どもの様子をそれとなく観察してきました。
極端にことば数が少ないお子さんの場合、母親のタイプは二通りに分けられるのではないかと思います。
2. 【2】一つは、お母さん自身も無口で
引っ込み思案、
自己主張が少なく、ウサギのようにほとんど声を出さないというケースです。おしめを
換えるにも、
授乳するにも、
靴をはかせるにも、すべて
黙々と行っている。【3】
気質の
遺伝などもあるでしょうが、子どもの側からすれば、どういう局面でどういうことばを用いるのか、
模範を
示してもらうチャンスが少ないのですから、自分のことばが出てくるまでに、時間がかかるのは当然かもしれません。【4】ようするにこれは、マザリーズのところで
述べた「くりかえし」の不足だと思います。
3. もう一つは
逆に、母親がひどくおしゃべりで、子どもの自発
性を生かす「間」が不足している場合です。子どもは家で四六時中ことばのシャワーを浴びているはずなのに、なぜこんなに無口なのか。【5】ほんとにこれがあの母親の子なのかと、わが目わが耳を
疑うことがあります。でも長い目で見ると、やはり、
因果関係の
釣り合いが、ちゃんと
保たれているのかもしれません。ふだんはほとんどおしゃべりしない子が、ある日
突然、母親のいないときにかぎって、
堰を切ったように話しはじめる。【6】いったいこの子、どうなってるのと、まわりの人はびっくり。しばらくすると、ピタッとおさまって、何事もなかったかのようにまた無口な子どもにもどります。そういう子はえてして、大人になってからも、ふだんは
寡黙な、はにかみやと見なされている場合が多いようです。
4. 【7】母親との語らいが子どもの
脳を
活性化するという川島さんの実験データは、じつに
興味深いものがあります。だとすれば、
臨界期の中心に位置すると思われる大切な時期に、
魔法使いであるはずの母親が
魔法の力をふるうことを
怠れば、
刷り込みの力ははたらかないわけです。∵
5. 【8】「三つ子の
魂百まで」ということは、三
歳までに学んだことが、百年分に
匹敵する決定的な
影響を
与えるということではないでしょうか。ですから、もし母親が一分間、赤ちゃんに話しかけるとすれば、
単純計算だけでもその約三十三倍、つまり三十三分間話しかけただけの
効果を生みます。【9】十分間話しかければ、三百三十分、五時間以上話しかけただけの
質的な
影響力をもつことになります。
6. すでにマザリーズのところで
述べたように、母親の話しかけには、くりかえしだけでなく「間」が大切ですが、間を生かすためには、母親の心がその場に
居合わせることが
肝心だと思います。【0】
授乳しながら赤ちゃんに
優しく話しかければ、赤ちゃんは体の栄養分だけでなく、同時に「
魂の
糧」も
吸収しているわけです。もしその時、母親が
片手間に新聞を読んでいたり、テレビの画面に
夢中だったり、赤ちゃんから気がそれていたりしたらどうでしょう。そこには気持ちのキャッチボール、つまり心と心の対話が
欠如しているのではないかと思います。赤ちゃんはおそらく、母親の気持ちが自分に、向けられていないことを感知し、心のどこかで
欲求不満を覚えているにちがいありません。
7. ことばと心は、深いところでしっかりつながっています。育児や、家事、
職業、
趣味などの
明け暮れで、どんなに
忙しい母親でも、子どもに
接するときは一期一会、目を見つめながら、心をこめて話しかけたいものです。
8.(川島
隆太・安達
忠夫「『
脳と音読』「
講談社現代新書」
所収による」)