長文 1.2週
1. 【1】わたしたちはヒトという動物である。この動物は何故かなぜ やたら自分だけが他の動物と違うちが と思いたがる。いわく、理性りせいをもつのはヒトだけだ、他の動物は本能ほんのうのおもむくままに生きているに過ぎす ない、いわく、言語をもつのはヒトだけだ、【2】他の動物の声は情動じょうどうのおもむくままに発せられているに過ぎす ない、いわく、自分のしていることがわかるのはヒトだけだ、他の動物はそんなことを意識いしきしていない、うんぬん。こういうヒトだけに与えあた られた特権とっけんのおかげで、ヒトは全地球を支配しはいするに至っいた た、ヒトは偉いえら 、と。
2. 【3】本当にこんなに自信満々でいいのだろうか。
3. ヒトは確かたし に他の動物とはいろいろな点で異なっこと  ている。四足動物なのに二本あしで歩く。体に比べくら みょうに頭が大きい。ほ乳類 にゅうるいの一種なのに、体毛が極めて薄いうす 。体に似合わにあ ない巨大きょだいな巣を作る。【4】動物界の中では確かたし に変わり種かもしれない。しかし、だからといってヒトは偉いえら ということにはなるまい。動物界を探せさが ば、変わり種なんぞ、それこそゴマンといる。
4. なぜヒトは自分たちだけが他の動物と隔絶かくぜつした存在そんざいだと思いたがるのだろう。
5. 【5】わたしが小学生だったとき、クラスに双子ふたごの転校生がやってきた。一卵性双生児いちらんせいそうせいじで、とてもよくている。いつも同じ服を着ており、どうにも区別がつかない。担任たんにんの先生も、座っすわ ている席で区別していただけだ。向こうがその気になれば、だますのはいとも簡単かんたんである。【6】ところが、一ヶ月かげつもすると、二人の微妙びみょう違いちが がわかるようになり、そのうちに、一瞬いっしゅんで見分けられるようになった。別にホクロのありなしとか、そんな特徴とくちょうで覚えたわけではない。毎日一緒いっしょに遊んでいるうちに、なんとなくわかってきたのである。【7】いったんそうなってしまうと、今度は二人を見分けられない人の方が不思議に思えるようになった。
6. 同じような経験けいけんはたぶんだれにもあるのではないだろうか。慣れな た∵目でみると、どんな小さな違いちが でも大きくみえる。【8】ぎゃく見慣れみな ないものはどんなに大きな違いちが があっても区別のつかないことがある。
7. ヒトが自分たちだけが隔絶かくぜつした存在そんざいだと考えたがるのは、結局これと同じことではなかろうか。自分たちは自分たちの仲間の微妙びみょう違いちが がわかる。【9】そういう目でみれば、サルや類人猿るいじんえんは、ヒトとはとんでもなく違っちが ている。逆にぎゃく 他の動物相互そうご間の違いちが はほとんど見過ごさみす  れてしまう。チンパンジーとゴリラの区別のつかない人は多い。きっとチンパンジーからみれば、ぎゃくにチンパンジーだけが他の動物たちと隔絶かくぜつして見えるに違いちが ない。
8. 【0】そういう問題じゃない、ヒトは賢いかしこ のだ、というかもしれない。ヒトが自分たちは偉いえら 、と自慢じまんするとき、決まって引き合いに出すのがこの「頭の良さ」である。だがこれとて怪しいあや  ものだ。たとえばもし知能ちのう検査けんさ項目こうもくに、問題に答えるまでの時間があったとしたら、ヒトは絶対ぜったいにチンパンジーには勝てない。チンパンジーの反応はんのう時間はヒトに比べるくら  圧倒的あっとうてきに速いのである。ヒトにはほとんど区別のつかない二まいの写真の微妙びみょう違いちが を、ハトはすぐに見つけることができる。何をもって「頭が良い」とするかによって、順位は当然変わってくる。ヒトは自分たちに都合の良い項目こうもくを「頭の良い」の指標に選ぶからこそ、一番でいられるのだ。
9. ミツバチは生まれたときから自分の仕事を知っている。働きバチは生まれてからの日齢にちれい応じおう て巣の掃除そうじ幼虫ようちゅうの世話や食物調達などの仕事を次々とこなしていく。ヒトはといえば、いい年にもなって、いまだに自分の仕事が見つけられずにブラブラしているやからもいる。生まれてから大量の情報じょうほう吸収きゅうしゅうして、学習に学習を重ねてやっと半人前になれる動物と、何もしなくても自然にその種としての行動を始める動物と、どちらが賢いかしこ 生き方なのか、判断はんだん難しいむずか  
10.(藤田ふじた和生の文章による)