長文集  1月3週  ★(感)ゴッホの絵は  ne2-01-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】ゴッホ(有名な画家)の絵は、彼が
生きているあいだは一般大衆にはもちろん、
セザンヌ(有名な画家)のような同時代の大
天才にさえ、こんな腐ったようなきたない絵
はやりきれないとソッポをむかれました。当
時はじっさい美しくなかったのです。【2】
それが今日はだれにでも絢爛たる傑作と思わ
れます。けっしてゴッホの作品自体が変貌し
たわけではありません。むしろ色は日がたつ
につれてかえってくすみ、あせているでしょ
う。だがそれが美しくなったのです。【3】
社会の現実として。こんなことはけっしてゴ
ッホのばあいにかぎりません。受けとる側に
よって作品の存在の根底から問題がくつがえ
されてしまう。
 こうなると作品が傑作だとか、駄作だとか
いっても、そのようにするのは作家自身では
なく、味わうほうの側だということがいえる
のではありませんか。【4】そうすると鑑賞
――味わうということは、じつは価値を創造
することそのものだとも考えるべきです。も
とになるものはだれかが創ったとしても、味
わうことによって創造に参加するのです。【
5】だから、かならずしも自分で筆を握り絵
の具をぬったり、粘土をいじったり、あるい
は原稿用紙に字を書きなぐったりしなくても
、なまなましく創造の喜びというものはある
わけです。
 【6】私の言いたいのは、ただ趣味的に受
動的に、芸術愛好家になるのではなく、もっ
と積極的に、自信をもって創るという感動、
それをたしかめること。作品なんて結果にす
ぎないのですから、かならずしも作品をのこ
さなければ創造しなかった、なんて考える必
要もありません。【7】創るというのを、絵
だとか音楽だとかいうカテゴリーにはめこみ
、私は詩だ、音楽だ、踊りだ、というふうに
枠に入れて考えてしまうのもまちがいです。
それは、やはり職能的な芸術のせまさにとら
われた古い考え方であって、そんなものにこ
だわり、自分を限定して、かえってむずかし
くしてしまうのはつまりません。∵
 【8】それに、また、絵を描きながら、じ
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つは音楽をやっているのかもしれない。音楽
を聞きながら、じつはあなたは絵筆こそとっ
ていないけれども、絵画的イメージを心に描
いているのかもしれない。つまり、そういう
絶対的な創造の意志、感動が問題です。
 【9】さらに、自分の生活のうえで、その
生きがいをどのようにあふれさせるか、自分
の充実した生命、エネルギーをどうやって表
現していくか。たとえ、定着された形、色、
音にならなくても、心の中ですでに創作が行
なわれ、創るよろこびに生命がいきいきと輝
いてくれば、どんなにすばらしいでしょう。
 【0】だから、創られた作品にふれて、自
分自身の精神に無限のひろがりと豊かないろ
どりをもたせることは、りっぱな創造です。
 つまり、自分自身の、人間形成、精神の確
立です。自分自身をつくっているのです。す
ぐれた作品に身も魂もぶつけて、ほんとうに
感動したならば、その瞬間から、あなたの見
る世界は、色、形を変える。生活が生きがい
となり、今まで見ることのなかった、今まで
知ることもなかった姿を発見するでしょう。
そこですでに、あなたは、あなた自身を創造
しているのです。

(岡本太郎『今日の芸術』より)