長文集  2月2週  ★(感)相手あっての文章  ne2-02-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】相手あっての文章という考えに立つ
と、文章は料理のようなものだということが
わかってくる。
 料理は作った人も食べる。味見や毒味もす
る。しかし、料理は食べてくれる人がなくて
は張り合いがない。【2】料理の先生が、独
り暮しの自分のマンションではインスタント
・ラーメンを食べているという話がある。教
わりたい人がいるから、先生にもなる。うま
いと感心してくれる人がいるからこそ、腕を
振るってめんどうな料理もこしらえる。【3
】自分ひとりだけ食べるのでは、とてもそん
な手間ひまをかける気がしないというのであ
ろう。
 文章は料理、とすると、まず、食べられな
くてはいけない。何を言っているのか、わか
らない。これでは料理ではない。スープなの
か、みそ汁なのかわからないのでは食べる方
は迷惑である。
 【4】若い人の書く文章に、誤字、脱字、
当て字が多いと言われる。ご飯の中に石が入
っているようなもので、石が歯にカチッと当
たるのはたいへん気になる。そういう混ざり
ものをなくさないと、せっかくの料理も台な
しになってしまう。【5】文章が料理だとす
ると、ある程度、栄養があり、ハラもふくれ
ないといけない。見てくれだけの料理という
のもあるが、本当に相手のことを考えていな
い。文章で言うと、しっかりした内容がある
ことであろう。【6】いくら表現にこってみ
ても、中身がなくては困る。何を言っている
のかが読む側にはっきり伝わり、なるほどと
納得するのがいい文章となる。
 料理で、いちばん大切なのは、おいしい、
ということである。いくら栄養があっても、
うまくなくては落第。【7】つい食べ過ぎて
しまうようなものが上手な料理というもので
ある。もうやめておきたいと思いながら、つ
い、もうすこし、もうすこし、と後を引くよ
うなご馳走を作るのが本当の名コックだ。
 文章もその通り。
 【8】いくら、りっぱなことが書いてあっ
ても、三行読んだら、あとはごめん、と読者
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が思うようなのではしかたがない。先、先が
読みたくなって、気がついてみたらもう終わ
っていた。ああ、おもしろかった。こういう
文章ならいくら読んでもいい。【9】そうい
う気持を与えたら名文と言ってよい。∵
 いまの文章は、多く、読者に対するそうい
うサービスの精神に欠けているように思われ
る。自分の書きたいことを一方的にのべる。
身勝手なのである。同じことなら、おもしろ
く読んでもらおうという親切心が足りない。
 【0】いま、クッキングスクールで料理の
勉強をする人はたくさんいるが、文章の料理
を教えるところは、ごくすこししかない。お
もしろい文章を書こうと思う人がすくないか
らであろうか。
 ちょっと断っておかなくてはならないのは
、その「おもしろさ」である。
 おもしろいというと、すぐ、おもしろおか
しく、吹き出したり、ころげ回って笑ったり
することを連想しがちである。そういうおも
しろさもないわけではないが、ここで言って
いるおもしろさは、相手の関心をひくもの、
といったほどの意味。読まずにはいられな 
い、放ってはおかれないという気持を読む人
に与えるもの、それがおもしろさである。興
味深いもの、知的な快い刺激を感じさせるも
のは、すべて、おもしろいものになる。どん
なに固い学術論文で も、こういう意味では
きわめておもしろい、興味しんしんの文章で
ありうる。
 文章は料理のように、おいしく、つまり、
おもしろくなくては話にならない。

(外山滋比古(とやましげひこ) 「料理の
ように」 一部改変)