長文集  2月4週  ○たとえばサッカーの  ne2-02-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/10/15 16:13:38
 【1】たとえばサッカーのワールドカップ
を観る。多くの日本人がスタジアムやスポー
ツ・カフェや、あるいは自宅などで応援をし
ている。そして日本人がゴールした瞬間、そ
の興奮と喜びは一瞬にして全ての日本人の間
をかけめぐります。【2】特にスタジアムに
いる人などは、みごとに嬉しいという感情で
一つになる。これは、感情というものが非常
に伝わりやすい性質を持っているからです。
 感覚とか考えていることとかは、なかなか
ダイレクトには伝わりません。【3】ところ
が感情は脳という垣根を越えて瞬時に伝わっ
ていく。この性質については人間も他の動物
も変わらないようで す。
 さてそれでは、この感情が伝わるというこ
とがすなわち分かり合えるということなのか
。同じ感情さえ共有すれば人は互いに優しく
なれるのか。【4】もちろんそれは出発点で
はあるかもしれませんが、単にそれだけのも
のではない。他人の気持ちが分かるというの
は、それほど単純な図式ではないのです。た
だ、この共感回路というものがベースになっ
ていることは確かでしょう。【5】人が苦し
んでいるのに何とも思わないほどに共感回路
が働かなければ、それは優しさとはかけ離れ
たものになります。
 今もし、人の気持ちが分からない人が増え
ているとしたら。優しさが失われつつあると
したら。それはきっと共感回路の機能が低下
しているからと言えるでしょう。
 【6】他人の心が分かるということが、な
ぜにこれほど難しいことなのか。感情などが
瞬時に伝わるという共感回路を持ちながら 
も、なかなか他人の心を理解することができ
ない。実はその理由 は、人間にしか持ち得
ないある特性があるからです。
 【7】その特性の正体はポーカー・フェイ
ス。つまり心に抱いている感情と、表に出て
くる顔の表情にくい違いがあるということで
す。他の動物は感情の動きと表情が常に一致
しています。怒っている時はキバをむき出し
にするし、喜んでいる時は体でそれを表現す
る。【8】要するに互いの顔や目、あるいは
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体の動きを見るだ∵けで相手の心が理解でき
ます。
 ところが人間は、心の動きを表に出さず、
隠してしまうことができます。本当は悲しい
のに笑顔をつくることができる。ものすごく
怒っているのに、冷静な表情をつくることが
できる。【9】あるいは置かれた状況に応じ
て、その場に合った表情をつくることもでき
ます。たとえば葬儀の場所などではそうです
。亡くなった人のことを大して知らなくても
、また大した悲しみを覚えていなくても、意
図的に悲しい表情をつくることができる。【
0】なかには本物の涙を流せる人もいるでし
ょう。
 こうしたポーカー・フェイスがあるからこ
そ、互いに気持ちが分かり合うことが難しく
なる。また、分からないことによって誤解が
生じたりするのです。まずはこのポーカー・
フェイスの存在をよく認識すること。他人の
心というものは、必ずしも見かけとは一致し
ないということ。そのことをよく理解してお
かなくては、社会生活は成り立っていきませ
ん。
 他人を思いやる気持ち。互いに分かり合お
うとする気持ち。それはまさに、見かけと違
う心の状態をいかに推測できるかということ
になるでしょう。そしてこの推測する力の高
い人ほど、人間関係力も高いということが言
えるのです。
 では、そうした力はどうすれば高めること
ができるのか。やはりそこには「感動」とい
うものがあるような気がします。新しいもの
や美しいものに触れて感動するというだけで
なく、人間関係の中での感動を味わうこと。
他人と心が通い合うことで、静かな感動を体
感することが大切です。

(茂木健一郎『感動する脳』「PHP研究所
」より)