長文集  3月1週  ○甘いおしるこを  ne2-03-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/12/14 19:47:03
 【1】甘いおしるこを食べているとだんだ
ん甘さを感じなくなります。これは、味覚が
疲労して甘みの感度が落ちたからだとも考え
られます。途中に塩味の強い漬物を食べるの
は、味の対比を作っ て、甘味の感覚を再覚
醒させるためです。
 【2】トイレの臭いは好ましいものではあ
りません。しかし、しばらくすると、何も感
じなくなって、平気で入っていられるように
なります。嗅覚は非常に疲労が速いので、ト
イレに入っても臭いを気にせず、新聞を読ん
でいられるのです。【3】人間は一分間に二
〇回も呼吸しているので、呼吸のたびごとに
くさい臭いをかいでいたのではたまりません
。感覚器はむしろ自らの疲労によって、脳の
疲労を防いでいるのです。このことから考え
てみると感覚が疲労しはじめているのに無理
に同じ仕事を続けることは、あまりよいこと
だとは言えません。(中略)
 【4】毎日同じ仕事を長く続けていると、
それほど苦労しないのに職場での仕事が楽に
なり、上手になってきます。このような人は
熟練工と言われ、大切にされます。人間国宝
と言われる人も、その道の熟練工として、く
り返しによって身についた能力が土台になっ
ているのでしょう。
 【5】同じ仕事を繰り返していると、「も
う分かっている」とか「またか」という状況
になるので、努力しないでも習慣的に行動が
できるようになります。これが馴れの現象で
あり、頭を使わなくてもすむので、頭を経済
的に働かせることができ、脳に余裕が生まれ
るのです。【6】脳を休ませることによって
、いざというときにはいつでも仕事ができる
ように、待機しているのです。
 さまざまな刺激にいちいち真正直に反応し
ていたのでは、脳も忙しすぎて疲れてしまい
ます。【7】例えば、まじめな部下が細かい
ことまでいちいち報告してきたら、上司はそ
のために疲れて、適切な判断を下すことも困
難になってしまいます。そこで感覚器の方も
「またあの人がきたか、どうせ同じことを言
うだけだ」と門前払い∵をしようとします。
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【8】はじめのうちはちょっと呼んでもすぐ
返事をしていましたが、またかと感ずると返
事もしなくなります。返事をしてもらうため
には、もっと大きな声で呼ばなければなりま
せん。すでに分かっている場合には、脳に負
担をかけないために、むしろ常套的な行動を
とってしまうのです。【9】こうした感覚感
度をみるのに閾値(いきち)という言葉が使
われます。閾(いき ち)とは、越すか越さ
ないかの境目の値(あたい)のことで、この
値を越してきたものが反応に値する刺激の強
さとなるのです。【0】
 「馴れ」ている事柄に対しては誰もあまり
気を使いません。これも神経系の疲労を防ぐ
方法なのです。馴れていることはあえて努力
しなくてもなしとげられるものなのです。
 四季の変わり目には敏感だが、やがて真夏
の暑さと、真冬の寒さに耐えられるようにな
ることを、気候順化と言います。同じことが
身体にも起こります。四季の変化に対しても
はじめのうちは敏感ですが、徐々に感覚が鈍
くなるのは、刺激に対する閾値(いきち)が
上がったことを意味しています。
 はじめて腕時計をはめたり入れ歯を入れた
ときは気になるものですが、やがて何も感じ
なくなります。これは触覚の馴れであり、や
はり感覚疲労の効用と言えましょう。

(渡辺俊男『人はどうして疲れるのか』より