長文集  3月3週  ★(感)若い人たちにとっては  ne2-03-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】若い人たちにとっては、自分の才能
がどこにあるのかと か、はたして自分にな
んらかの意味で才能というものがあるのか、
ということは非常に大きな問題だろうと思い
ます。【2】それで、世の中で成功した人を
見ていると、はじめから才能が満ちあふれて
いて、何もまよいなくその道にずっと邁進し
てきたように見えるかもしれない。
 いや、なかにはそういう人もいるだろうと
思います。【3】モーツァルトとかベートー
ベンとか、あるいはゴッホとか、たしかにい
るとは思いますが、しかしそれはほんとに何
億人に一人の希有な例であって、ほとんどの
人はそうではない。
 【4】現に例えば、音楽家で、あるいはシ
ンガーとして成功しているとか作家として成
功している、あるいは大会社の社長になって
いる、証券界でディーラーとして何百億円も
の利益を上げているとか、そういうふうに成
功している人をみると、【5】何か揺るぎな
いものがあるようにみえるけれども、しかし
、そういう彼らにしてからが、おそらく、十
代のころとか、大学を出てから数年の間のい
わゆる若い時代というのは、きっと、はたし
て自分はこの道に進んでよかったのだろうか
とか、【6】ほんとは自分は別のところに才
能があるんじゃないだろうかとか、もっと自
分にとってよい人生がどこかに用意されてい
るような気がする、とかいうような気持ちの
揺れというかまよいのようなものは、かなら
ずあったに違いないんです。
 【7】だから、はじめから自分の才能はこ
の程度だ、とかいうふうに、自分で自分を決
めつけてしまうことは、一種の敗北主義で、
もう闘わずして敗れているようなものです。
 【8】一つの目安としては、三十歳までに
一つの方向が見えてくれば、その人にとって
は、見極めは早いほうだ、とそのくらいの巾
で考えておくといいだろうと思います。
 【9】昔のように、例えば、小学校を出た
らすぐ社会に出て、丁稚奉公(ぼうこう)か
らはじめて、というようなことであれば、こ
れは二十歳にな∵るころには相当社会経験を
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積んだ、一人前の社会人になり得るというこ
とだけど、いまは大半が大学まで行くような
世の中になってきたので、おのずから状況が
変わったんです。
 【0】つまり、大学の卒業まではモラトリ
アムですから、とくに何も決めなくても構わ
ない。
 そうすると、大学卒業が間近となるまで、
あるいは就職というものが目の前にぶら下が
ってくるまでは、誰も、はたして自分の才能
はいずこにありや、なんていうことはそれほ
ど切実に考えないですむわけです。
 ほんとうに切実に考えるのは、卒業が間近
になったころ、あるいは、卒業して実際に社
会に出てから、何かで挫折感を味わって、そ
こではじめて、ウームこれでよかったのかと
考えるチャンスがやってくる。つまり二十歳
から三十歳の間ぐらいのところが一番いろい
ろ揺れ動くところじゃなかろうかと思うんで
すね。
 才能というものは、実際はブラックボック
スのようなもので、本人が、俺はこれに才能
があると思っているにもかかわらず、全然才
能のない場合もあり、本人は思いもかけない
のに、たいへんに才能があるという場合もあ
って、かならずしも、自己評価と、人から見
た評価とは一致しないものです。そこに才能
というものの、やっかいにしてしかしおもし
ろいところがあります。
 だから、私の意見はこうです。
 才能がどこにあるかは今すぐ自分だけでは
分からないし、また、どの程度の才能である
かも測れないけれども、しかし、たしかにそ
れぞれの人にはそれぞれの人の才能というも
のがあり、得意・不得意、得手・不得手とい
うものがあることも動かない事実です。そう
でしょう?

(林望『魅力ある知性をつくる24の方法』
による)