1. 【1】君たちの中には、あまり学校が好きではない人もいるかも知れない。
2.「あーあ、学校なんてきらいだなあ。いやな科目はあるし、試験はあるし、もっと自由に好きなことをして
暮らしたいな。」
3.【2】「こんなふうに思っている人が、あんがい多いのではないか? なるほど、もっともな面もあると思う。たしかに、人間の社会にはいろいろと思いどおりにならないことが多い。もうすこしお
小遣いが多かったら、もうすこし遊ぶ時間が多かったら、と思うのは君たちだけではない。【3】
私だってそうだ。人間の社会にはがまんしなければならないことが多すぎる。
4. だがこの考えは、すこしばかり身勝手な考えだ。生活していくうえで、がまんしていかなければならないのは、なにも人間社会だけに
限ったことではない。
5. 【4】生物として、この世に命をもって生まれてきたものはすべて、それぞれの生物社会の一員に
組み込まれる。そして、この世で生きていくためには、すべて
ある程度のがまんをしていかなければならない。【5】そのことは
密林に住む
野獣であろうと、人間社会の
権力者であろうと同じことだ。
6. いや人間なら、いやになれば
逃げ出すことも、やめることもできる。だが、植物などは生まれた場所が気に入らないからといって、そこから
逃げ出すことは
絶対にできない。【6】がまんして生きていくか死んでしまうか、二つに一つなのだ。その意味では、植物の世界こそもっともがまんを重ねなければならないところだ。
7. 【7】とくに森林のように、すでに一つの社会が成り立っている場所に生育する
若い植物は、ひたすらがまんすることが生活になる。【8】シイやカシの森の中に、ヤツデやアオキのように生活
能力や生活
形態がちがうものが生育した場合は、
現実にはそれほどはげしい争いは起きず、かえって生活の場をすみ分けて
共存することが
お互いのためになる。【9】だが、たとえばシイやカシの高木林の中に、クス、イチイガシやシラカシのように、シイやカシよりさらに高木になるような植物が生育した場合は、高木
層のすぐ下の
亜高木層まで生育して、
先輩の高木が
枯れて自分たちの時代がくるまで、∵じっと待ちつづける。
8.【0】「石の上にも三年」ということわざがあるように人間の社会なら、せいぜい三年も待てば、たいてい
事情が変わって先が開けてくる。ところが植物の世界では、数十年、いや時には数百年ものあいだがまんしつづけるのだ。数多くの植物は、がまんしきれずに
枯れていき、がまんにがまんを重ねた少数の植物だけが、じゅうぶんに生活力をたくわえ、
先輩が
老衰したり、虫や風やカビなどの
被害を受けて
倒れたりしたすきにすばやく大きくなって、つぎの時代のチャンピオンになることができるのだ。
9.
私たちの実験でも、あきらかに競争、
共存、
忍耐という、植物、いや生物社会の
厳しいありさまは観察できた。わずか一メートル平方の
狭苦しい世界にも、
お互いにいがみ合いながらも
共存し、
狭い場所をすみ分けている典型的な生物社会が
示されていたのである。
10.
私たち人間社会に身を置く者も、生物社会の一員としての大きな
視野から、多様な
環境的
制約とそこに生きるものどうしの関係から生ずる社会的
制約をどう人間の
発展に結びつけていったらよいか、みんなで考えてみようではないか。植物社会の教訓を単なる
現象として見すごすか、人間社会の未来のために生かせるか、英知をもつ人間の
真価を問われる
分岐点である。